末日(金) 恋の方程式が解なしだった件

エピソード文字数 2,786文字

 表があるから裏があり、内を作るから外が生まれる。
 哲学書や小説などでこの手の話は割とよく見られるが、いつも語られる選択肢は二択ばかり。表と裏があるなら、側面も生じることを忘れてはいけない。
 そして横から見てこそ、その本質を見出せる場合もある。例えば硬貨ならギザ十だとか、五百円玉の側面にNIPPONと書いてあれば価値が上がる訳だ。

「それじゃ、またね」
「おう。じゃあな」
「お疲れ様」

 今日俺は、葵と夢野の二人を第三者という立場から見た。
 それなら彼女には、俺と阿久津は一体どういう風に見えているんだろう……そんなことを考えながら、新黒谷駅に着いた俺達は夢野と別れた。

「バッグ乗せるか?」
「気持ちだけ受け取っておくよ。ありがとう」

 丁重に断った少女に合わせて、俺は自転車を押しながら隣を歩く。
 この時間なら二人乗りをしてもバレない気がするが、そんな提案は絶対しない。阿久津が拒否するのは勿論だが、一番の理由はコイツの父親が警察官だからだ。

「ボクに合わせずとも、先に帰って構わないよ」
「時間が相当やばいなら走るぞ。親から連絡着てたんだろ?」
「気付いていたのかい?」
「まあな」
「ここまで過ぎたら、今更走ったところで大して変わらないさ。それに悪いのは帰る時間を伝え忘れて、連絡もせず親を心配させたボクの方だからね」

 半ば開き直りつつ答える少女は、相変わらず達観している。
 ただ今回は色々と試行錯誤があったのかもしれない。最初からそんな考えだったなら、トゥーンワールドや電車内であんな表情を浮かべたりはしないだろう。

「それより、キミに聞いておきたいことある」
「ん? 何だ?」
「キミは夢野君のことが好きなのかい?」
「…………は?」

 相変わらずの、直球ストレートな質問。
 阿久津が夢野を初めて見た時にも、同じようなことを尋ねられた。
 コイツはいつだって、俺に対して遠慮なんてしない。

「いきなりすぎるだろ。何でそんなこと聞くんだよ?」
「決まっているじゃないか」



 ――――夢野君がキミのことを好きだからだよ――――



 思わず呆然と立ち尽くす。
 アキトが決して直接は口にしなかった推理を。
 俺が思い上がりだと言い聞かせた仮説を。
 阿久津水無月は、さも当然と言った様子でさらりと口にした。

「驚いているようだけれど、キミだって薄々気づいてはいたんじゃないのかい?」
「!」

 足を止めた俺を置いて、少女は一人で先へと進んでいく。
 慌てて早足で追いかけるが、返す言葉は何一つ持ち合わせていない。
 夢野と同じ女子だからなのか、はたまた阿久津だからなのか。不思議と彼女の言葉には説得力があり、俺は黙って話を聞くことしかできなかった。

「キミが大晦日に夢野君から逃げた訳が、今日になってようやくわかったよ。相生君が夢野君のことを好きだと、あの時には既に知っていたんだろう?」
「…………」
「そうでもなければ、いくらキミが卑屈でも逃げはしない。自分を好いてくれる少女を否定するなんて、聖人君子じゃあるまいし妙だとは思っていたよ」
「……………………」
「見たところ相生君はまだ告白していないのかな? 夢野君は彼の気持ちを知っているのか……いや、仮に知らなかったとしても今日で気付いたかもしれないね」

 どうやら渋い顔をしていた理由は、親の件だけじゃなかったらしい。
 阿久津は見解を語った後で、改めて俺に尋ねた。

「それでキミは、夢野君のことが好きなのかい?」
「…………どうなんだろうな」
「質問を変えよう。夢野君に告白されたら、キミはどうするんだい?」
「………………どうすればいいと思う?」
「質問に質問を返さないでほしいね」

 やれやれと阿久津は溜息を吐き、黙って俺の解答を待ち続ける。
 しかし一向に答えは出ないまま、とうとう家の前に辿り着いてしまった。

「ボクは付き合うべきだと思うよ」
「!」

 少女は足を止めると振り返り、何の躊躇いもなく答える。
 目を背けることなく、俺のことを真っ直ぐに見据えながら話を続けた。

「相生君の一件がなければ、キミは夢野君の告白に応えただろう?」

 確かにその通りだ。
 ただそれは夢野だからじゃない。
 言ってしまえば、相手が美少女なら誰でも応えていたと思う。
 だってそうだろ?
 可愛い女の子から告白されたら、思春期の男子なら誰だって首を縦に振る。
 ましてや俺みたいな魅力のない奴なら尚更だ。

(…………ああ、本当にどうしようもないクズだな)

 正当化しようとしている自分が改めて嫌になった。
 きっとこういう奴が、大人になってハニートラップに引っ掛かるに違いない。
 一体いつから、俺はこんな人間になったのか。
 できることなら、昔に戻りたかった。

「キミが夢野君を好きなら、二人は両想いじゃないか。相生君には恨まれるかもしれないけれど、悩む必要なんてない単純な話だよ」
「…………なあ、阿久津」
「何だい?」
「好きって何なんだろうな」

 俺が本当に阿久津を好きなら、こんなことで悩まないのかもしれない。例え本人が振り向いてくれなくても、他の女子には目もくれず一途に想い続けるべきだろう。
 若干投げやり気味に尋ねると、少女は額に手を当てて深々と溜息を吐いた。

「キミが聞くべきことは、そんな哲学めいたものじゃないと思うけれどね。それをボクに聞いて、明確な答えが返ってくるとでも思ったのかい?」
「いや、お前の意見を聞きたくてさ」
「数学の問題じゃあるまいし、そんな簡単に解けるなら誰だって苦労はしないさ。まあ時間を掛けてゆっくり考えてみるといい……それじゃあ、失礼するよ」
「ああ、またな」

 恋の方程式なんて言葉があるが、その答えに解はあるんだろうか。
 淡々と応えつつ背を向ける阿久津を見届け、俺は自転車を止めると我が家へと帰る。

「ただいま…………あ!」

 玄関に置いてあるスタンドミラーに映った自分の姿を見て、ふと首に巻かれたままだったマフラーに気付いた。そういえば借りたままだったっけな。
 我が物顔で使っていた俺も俺だが、気付かない阿久津も阿久津だ。アイツなら「いい加減に返してくれないかい?」とか素っ気なく言いそうなものである、

「おかえりんこっ!」
「ただいまん……そういう誤解へ導く発言をするな」
「はえ?」

 返すのは明日でもいいだろうと、俺は騒々しく現れた妹に土産を手渡した。
 今日、二月二十七日は冬の恋人の日。
 しかし男女間の友情は存在する会に属している俺達に進展はない。
 この時はまだ、そう思っていた。





 …………数週間後、阿久津水無月が告白されるとも知らずに。
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登場人物紹介

米倉櫻《よねくらさくら》


本編主人公。一人暮らしなんてことは全くなく、家族と過ごす高校一年生。

成績も運動能力も至って普通の小心者。中学時代のあだ名は根暗。

幼馴染へ片想い中だった時に謎のコンビニ店員と出会い、少しずつ生活が変わっていく。


「お兄ちゃんは慣れない相手にちょっぴりシャイなだけで、そんなあだ名を付けられた過去は忘れました。そしてお前は今、全国約5000世帯の米倉さんを敵に回しました」

夢野蕾《ゆめのつぼみ》


コンビニで出会った際、120円の値札を付けていた謎の少女。

接客の笑顔が眩しく、透き通るような声が特徴的。


「 ――――ばいばい、米倉君――――」

阿久津水無月《あくつみなづき》


櫻の幼馴染。トレードマークは定価30円の棒付き飴。

成績優秀の文武両道で、遠慮なく物言う性格。アルカスという猫を飼っている。


「勘違いしないで欲しいけれど、近所の幼馴染であって彼氏でも何でもない。彼はボクにとって腐れ縁というか、奴隷というか、ペットというか、遊び道具みたいなものでね」

冬雪音穏《ふゆきねおん》


陶芸部部長。常に眠そうな目をしている無口系少女。

とにかく陶芸が好き。暑さに弱く、色々とガードが緩い。


「……最後にこれ、シッピキを使う」

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