四日目(土) 写真を撮るのは苦手だった件

エピソード文字数 3,457文字

 本日の予想最高気温は36℃。こんな夏真っ盛りのクソ暑い日となれば、本来なら間違いなく家でクーラーという文明の利器の恩恵に与っていたところだろう。
 現在時刻は11時だが、既にこれ以上はないと思えるほどの暑さ。持ってきた桜桃ジュースは数分で空になり、現地調達した二本目ですらなくなりかけていた。

「あぢい……」
「暑いね」
「異常だろ、この温度は……」
「今日は今年一番の暑さになるって言ってたよ」

 涼しげなワンピース姿の夢野が、手でパタパタと仰ぎながら答える。まだ今年の夏は始まったばっかりだってのに、気象庁はその台詞をあと何回言うつもりだよ。
 俺達がやってきたのは近場の総合体育館。蒸し風呂状態になっているこの空間で、バスケットという激しいスポーツをやる連中の気がしれない。

「体育館って夏は暑いけど、冬は冬で寒いよね」
「溶ける……」
「ほーら、溶けないの! 頑張って頑張って」
「あぃ~」

 夢野が持参した、中の飲料を凍らせた冷凍ペットボトルを頬に当てられる。肌へと直接伝わった冷気の気持ち良さに、昇天しそうな声が出た。

「元気出た?」
「床暖房と床冷房を要求する! かき氷が食べたい!」
「ストーブなら冬に出るよね」
「あの業務用みたいなでっかいやつ、ぶっちゃけ焼け石に水だよな」
「そうそう、全然暖かくないよね。それに望はストーブよりもクーラーが欲しいって言ってたかな。寒いのは運動すれば温まるけど、暑いのはどうしようもないからって」
「まともな妹で羨ましいな。うちの妹はアホだから、未だに扇風機で耐えてるよ」
「ふふ。梅ちゃんらしいね」

 そんな妹の要求は予想通り、写真を撮ってほしいとのこと。普通ならスマホでパシャリだが、生憎と俺はガラケーなので親のデジカメを借りてきた。
 トーナメント形式である地区大会は三日間あり、一日目の今日は六試合も組まれている。梅の試合は12時半から始まる第四試合だが、俺達がこれから見るのは第三試合だ。

「お?」
「あ!」

 時間が近づきコートに姿を現したのは黒谷中の面々……つまり夢野の妹がいる学校であり、お団子頭の少女は二階の客席にいる俺達に気付く。
 バスケアニメなら観客で埋まっているイメージだが、中学生の大会なんて実際はスカスカ。小さく手を振る夢野を見て、真面目そうな妹は照れながらも小さく手を振り返した。

「夢野家って平和そうだよな」
「うーん、姉妹の仲は良い方かな? でも米倉君だって、梅ちゃんと仲良しでしょ?」
「別にそうでもないぞ」
「またまたー」
「いやいや、姉貴がいたから仲良さそうに見えるだけだって!」

 仮に俺と梅の二人兄妹だったら、険悪だったこと間違いなし。兄の俺を敬わずぞんざいに扱い、おやつを勝手に一人で食うような妹の可愛げを見出す方が難しそうだ。
 そうこうしている間に整列と挨拶が終わり、いよいよ試合開始。事前に話を聞いていた通り、夢野の妹はベンチで仲間達と共に応援に徹していた。

『シューッ! シューッ! シューッ!』

 足踏みからの手拍子に合わせて『ズンズンチャ』というリズムが刻まれ、以前にも聞き覚えのある応援合戦が始まる。
 試合展開は拮抗するかと思いきやそんなことはなく、予想以上のワンサイドゲーム。こちらが一本入れるのに対して、相手チームは三本も四本もシュートを決めていた。

「随分強いところと当たったな」
「去年は一回戦負けのところだって聞いたんだけど……」
「マジか」

 八分間の第一クォーターが終了して20対8。そのまま一分間のインターバルを挟んで第二クォーターが始まったが、試合の流れは変わらない。
 夢野の妹が試合に出るなら写真を撮ろうとも考えたが、カメラを使う機会もないまま第二クォーター、第三クォーターと一方的な試合展開は進んでいった。

「頑張ってるけど、負けちゃいそうだね」
「最後まで諦めちゃいかん……って言いたいけどな」

 ラストである第四クォーターが残り三分になったところで30点の点差。ここから逆転するなんて奇跡は流石に起こらないだろう。
 容赦ない相手チームのシュートが入りゲームが止まると、審判の笛が鳴った。

『ピピッ』
「あ! 出るのかな?」

 黒谷中の顧問も試合を諦めたのか、メンバーチェンジを指示したらしい。
 交代したのはスタメン五人全員。ベンチから出てきたメンバーの中には夢野の妹も含まれており、言ってしまえば負けが確定したことによる思い出出場だった。

「緊張してるっぽいけど、大丈夫か?」
「あの子あがり症だから、頭の中が真っ白になってるかも」

 別に勝負を決めるような場面じゃないが、彼女にとっては集大成を見せる大事な試合。若干ぎこちない動きの少女は、ポジションに付くとディフェンスをかわすために動く。
 夢野が妹のプレイをジッと見守る中、俺は慣れない手つきでカメラを起動。写真は撮るのも撮られるのも苦手なので、後で梅に文句を言われないためにも練習しておこう。

『望! 速攻!』

 仲間からパスを貰った少女が、カウンターでゴール下へと切り込む。
 ファインダー越しで眺めていた俺は、少女が高々と跳んだ瞬間にシャッターを切った。

『ナイッシューッ!』
「やった!」

 ボードに当たったボールがリングへ吸い込まれると、夢野が嬉しそうに声を上げる。
 コート上で仲間に称えられながら自陣へと戻る少女を見た俺は、その喜びに溢れた笑顔を残すべくもう一枚パシャリと撮っておいた。

『ピーッ!』

 少しして審判の笛が鳴ると試合終了。結果だけを見れば60対32と惨敗だったが、夢野の妹が良い思い出として残りそうなシュートを打てたのは何よりだ。

「米倉君、さっきのシュート撮れた?」
「ああ」
「じゃあ後で焼き増しお願いしてもいい?」
「そう言われると、ちゃんと撮れてるか不安だな」
「どれどれ? 見せて見せて」

 慣れない操作をしながら確認していると、夢野が横から覗いてくる。
 ふんわりと香ったリンスの良い匂いにドキッとしつつ、両親の撮ったどうでもいい写真の山を抜けた後で、先程撮影したシュートの瞬間をようやく発見した。

「こんな感じだけど、これでいいか?」
「うん。バッチリ! ありがとね」
「おう」
「…………ねえ米倉君、撮りたいものがあるんだけど、ちょっとカメラ借りてもいい?」
「ん? 別に良いけど、ちょっと待ってな」

 閲覧モードから撮影モードに切り替えると、俺は夢野にカメラを手渡す。

「ここ押せば良いんだよね?」
「ああ」
「じゃあ撮るよ? はい、チーズ♪」
「えっ?」

 レンズを自分側へ向けると、腕を伸ばした夢野が俺にくっつきつつコールする。
 突然の撮影に驚きながらも、身体は反射的にピース。撮り終わった写真を満足そうに確認した少女は、カメラを俺に返しながらニコッと笑顔を浮かべた。

「後で焼き増し、お願いね♪」
「お、おう」

 撮られた写真は美女と野獣とでも言わんばかりの不釣り合いさ。綺麗な少女が癒やしの笑顔を見せる一方で、存在自体が不快感を与える男が不気味な笑顔を浮かべている。
 何とか上手いこと加工して夢野だけにできたりしないか考えていると、いよいよ第四試合が始まるらしく4番のユニフォームを着た妹が姿を現した。

『!』

 早々に俺と夢野を見つけるなり、ブンブンと勢いよく手を振ってアピールしてくる妹。そんなアホ面を目の当たりにして、溜息交じりにパシャリと撮っておく。

「梅ちゃんはいつもと変わらないね」
「アイツは前日に緊張するタイプで、本番は出たとこ勝負って感じだからな」
「そうなの?」
「遠足の前日とか「眠れない~眠れない~」ってやかましいんだよ」

 挙句の果てには「興奮が止まらない」とか言い出す始末。勿論そんなコメントに対して俺が「そういう誤解を招く発言をするな」と返すのは言うまでもない。
 俺達に手を振り終えた梅は、キョロキョロしながら落ち着かない様子。一体どうしたのかと思っていると、背を向けて何かを見つけるなり再び手を振り始めた。

「!」

 梅が手を振っていた先……俺達のいる位置とは反対側の二階を見る。
 てっきり友達でも呼んだのかと思っていたが、そこにいたのは見知った二人の少女。先代部長と先々代部長である阿久津と早乙女の姿を見て、俺は硬直するのだった。
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登場人物紹介

米倉櫻《よねくらさくら》


本編主人公。一人暮らしなんてことは全くなく、家族と過ごす高校一年生。

成績も運動能力も至って普通の小心者。中学時代のあだ名は根暗。

幼馴染へ片想い中だった時に謎のコンビニ店員と出会い、少しずつ生活が変わっていく。


「お兄ちゃんは慣れない相手にちょっぴりシャイなだけで、そんなあだ名を付けられた過去は忘れました。そしてお前は今、全国約5000世帯の米倉さんを敵に回しました」

夢野蕾《ゆめのつぼみ》


コンビニで出会った際、120円の値札を付けていた謎の少女。

接客の笑顔が眩しく、透き通るような声が特徴的。


「 ――――ばいばい、米倉君――――」

阿久津水無月《あくつみなづき》


櫻の幼馴染。トレードマークは定価30円の棒付き飴。

成績優秀の文武両道で、遠慮なく物言う性格。アルカスという猫を飼っている。


「勘違いしないで欲しいけれど、近所の幼馴染であって彼氏でも何でもない。彼はボクにとって腐れ縁というか、奴隷というか、ペットというか、遊び道具みたいなものでね」

冬雪音穏《ふゆきねおん》


陶芸部部長。常に眠そうな目をしている無口系少女。

とにかく陶芸が好き。暑さに弱く、色々とガードが緩い。


「……最後にこれ、シッピキを使う」

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