十四日目(月) お姫様抱っこはコツが必要だった件
文字数 2,301文字
「ん……米倉君…………?」
「夢野! ちょっと熱っぽいぞっ?」
「ううん……大丈夫だよ」
「いや駄目だろっ! 何か顔色も良くない気がするし、とりあえず寝た方がいいって!」
「ごめんね。ここのところ……少し調子悪くて。さっきまではだいぶ良かったんだけど……きっと寝たら治るから。あ……米倉君、そろそろ帰らなきゃだよね」
「俺のことなんてどうでもいいからっ!」
何でもっと早く気付かなかったのか。
自分の馬鹿さ加減に後悔しつつ、力なく身体を起こそうとする夢野を慌てて止める。
落ち着け。
どうすればいいか考えろ。
呼吸はしっかりしてるし、辛そうだが意識もある。
それでも額に触れただけで熱があると判断できる以上、相当な高熱に違いない。
誰かしら帰ってくるまで待つにしても、両親の帰りは遅いと言っていた。
「………………夢野、ちょっと待ってろ!」
そうなると、この状況で頼れる相手は一人しかいない。
俺は素早くポケットからガラケーを取り出すと、梅の携帯へと電話を掛ける。
今日も真面目に勉強していたのか、幸いにも僅かワンコールで通話は繋がった。
『もし~ん。どったのお兄ちゃん?』
「梅! 緊急事態だ! お前、夢野の妹の電話番号知ってるか?」
『望ちゃんの? 知ってるけど、何かあったの?』
「詳しくは後で説明する! 今すぐ俺の携帯に番号を送ってくれ!」
『うん! わかった!』
聞き分けの良い妹が電話を切るなり、一分も経たないうちにメールが届く。
俺はそこに表示されている番号へ即座に電話を掛けた。
『プルルルル……プルルルル……』
頼む……出てくれ……。
そう願いながらガラケーを耳に当てつつ待っていると、やがてコール音が途切れる。
『…………もしもし……?』
「もしもしっ? あ、えっと、夢野さん……望さんでしょうか?」
『はい、そうですけど……』
「俺、米倉櫻って言って……あの、梅の兄貴の……わかるかな?」
『あっ! はいっ! わかります!』
「良かった。突然電話して申し訳ないんだけど、ちょっと一大事なんだ。今、色々あって家の方にお邪魔してるんだけど、ちょっと夢野が熱っぽくてダウンしちゃってさ」
『お姉ちゃんがっ? わ、わかりました! すぐに戻ります!』
「あ! ちょっと待ってくれ! どこかに使っていいタオルとかあったりするか?」
『えっと……タオルでしたら和室の中の右側の襖を開けた、引き出しの中にあるのを使ってください。ご迷惑をお掛けしてすみません』
「和室の右側の襖を開けた引き出しだな?」
『はい。宜しくお願いします。私も十分くらいで戻れるとは思いますので』
「わかった!」
夢野妹との通話を切った後で右側の部屋を確認するが、中は小さな洋室。どうやらリビング代わりなのかソファにテレビ、バルコニーとくつろげる空間になっている。
四人家族で過ごすには少し小さい気もするが、今はそれよりも和室探しが優先。ここが外れだったとなると、残っているもう一つの部屋が当たりに違いない。
「…………ごめんね……風邪、移ったら……」
電話の会話を聞いてか、はたまた単なるうわ言か。テーブルに寝そべったまま辛そうに呼吸をしている夢野は、閉じかけの瞼で俺を見ながらそんなことを呟く。
ひとまずタオルを探すよりも先に、フラフラな少女を横にさせるべきだろうか。
「まだそんなこと言ってんのか。いいから寝…………しまったな」
夢野家は俺の家みたいにベッドではなく、布団だったことをすっかり忘れていた。
二人の部屋にある閉ざされたクローゼットの中に布団はあるだろうが、勝手に人の家を漁る訳にもいかないし何か代わりになりそうな物は…………と、周囲を見渡したところで洋室のソファが目に入る。
「夢野。ちょっと持ち上げるから、動かないでいてくれ」
前にアキトから教わった『正しいお姫様抱っこのやり方』が、まさかこんなところで役に立つなんて思いもしなかった。介護で使うとか言われても半信半疑だったが、何事も学んでおいて損はないもんだな。
俺は夢野が座っている椅子を引き、少女の前で片膝をつく。そして背中へ左手を回すと夢野の身体をずらして、自分の腿の上へ座らせるように乗せた。
そして支える際に最も重要となる、少女の腿の下に右腕を回す。一般的にお姫様抱っこと言えば膝の裏に腕があるイメージだが、実際それをやると腕力だけで持ち上げることになり大変らしい。
「ふっ!」
本来は安定感を増すために首に手を回して抱きついてもらいたいところだが、今は贅沢を言っていられない。そのまま背筋を伸ばし、汗を掻いている夢野の身体を自分へ引き寄せるようにして持ち上げた。
例え持ち方が正しくても、いかんせん俺の筋力が弱い。こんなことならもう少し筋トレをしておけば良かったと思える程度に重みを感じる。
重心はやや後ろに維持しつつ、決して落とさないよう慎重に運ぶ。何とか隣の洋室へ辿り着くと、ゆっくりと夢野の身体を下ろしてソファへと寝かせた。
「ふう……」
後はタオルだが、和室の…………右だったよな?
夢野妹の言葉を思い出しつつ、俺は和室と思わしき最後の部屋を開ける。
六畳ある畳の部屋に足を踏み入れるなり、どこか知っている匂いを感じた。
「!」
部屋の隅に置かれていた予想外な物を目の当たりにして、思わずその場で立ち止まる。
そこにあったのは、先祖を供養するための祭壇。
位牌が祀られ、短くなった線香の煙が上がっている仏壇だった…………。
「夢野! ちょっと熱っぽいぞっ?」
「ううん……大丈夫だよ」
「いや駄目だろっ! 何か顔色も良くない気がするし、とりあえず寝た方がいいって!」
「ごめんね。ここのところ……少し調子悪くて。さっきまではだいぶ良かったんだけど……きっと寝たら治るから。あ……米倉君、そろそろ帰らなきゃだよね」
「俺のことなんてどうでもいいからっ!」
何でもっと早く気付かなかったのか。
自分の馬鹿さ加減に後悔しつつ、力なく身体を起こそうとする夢野を慌てて止める。
落ち着け。
どうすればいいか考えろ。
呼吸はしっかりしてるし、辛そうだが意識もある。
それでも額に触れただけで熱があると判断できる以上、相当な高熱に違いない。
誰かしら帰ってくるまで待つにしても、両親の帰りは遅いと言っていた。
「………………夢野、ちょっと待ってろ!」
そうなると、この状況で頼れる相手は一人しかいない。
俺は素早くポケットからガラケーを取り出すと、梅の携帯へと電話を掛ける。
今日も真面目に勉強していたのか、幸いにも僅かワンコールで通話は繋がった。
『もし~ん。どったのお兄ちゃん?』
「梅! 緊急事態だ! お前、夢野の妹の電話番号知ってるか?」
『望ちゃんの? 知ってるけど、何かあったの?』
「詳しくは後で説明する! 今すぐ俺の携帯に番号を送ってくれ!」
『うん! わかった!』
聞き分けの良い妹が電話を切るなり、一分も経たないうちにメールが届く。
俺はそこに表示されている番号へ即座に電話を掛けた。
『プルルルル……プルルルル……』
頼む……出てくれ……。
そう願いながらガラケーを耳に当てつつ待っていると、やがてコール音が途切れる。
『…………もしもし……?』
「もしもしっ? あ、えっと、夢野さん……望さんでしょうか?」
『はい、そうですけど……』
「俺、米倉櫻って言って……あの、梅の兄貴の……わかるかな?」
『あっ! はいっ! わかります!』
「良かった。突然電話して申し訳ないんだけど、ちょっと一大事なんだ。今、色々あって家の方にお邪魔してるんだけど、ちょっと夢野が熱っぽくてダウンしちゃってさ」
『お姉ちゃんがっ? わ、わかりました! すぐに戻ります!』
「あ! ちょっと待ってくれ! どこかに使っていいタオルとかあったりするか?」
『えっと……タオルでしたら和室の中の右側の襖を開けた、引き出しの中にあるのを使ってください。ご迷惑をお掛けしてすみません』
「和室の右側の襖を開けた引き出しだな?」
『はい。宜しくお願いします。私も十分くらいで戻れるとは思いますので』
「わかった!」
夢野妹との通話を切った後で右側の部屋を確認するが、中は小さな洋室。どうやらリビング代わりなのかソファにテレビ、バルコニーとくつろげる空間になっている。
四人家族で過ごすには少し小さい気もするが、今はそれよりも和室探しが優先。ここが外れだったとなると、残っているもう一つの部屋が当たりに違いない。
「…………ごめんね……風邪、移ったら……」
電話の会話を聞いてか、はたまた単なるうわ言か。テーブルに寝そべったまま辛そうに呼吸をしている夢野は、閉じかけの瞼で俺を見ながらそんなことを呟く。
ひとまずタオルを探すよりも先に、フラフラな少女を横にさせるべきだろうか。
「まだそんなこと言ってんのか。いいから寝…………しまったな」
夢野家は俺の家みたいにベッドではなく、布団だったことをすっかり忘れていた。
二人の部屋にある閉ざされたクローゼットの中に布団はあるだろうが、勝手に人の家を漁る訳にもいかないし何か代わりになりそうな物は…………と、周囲を見渡したところで洋室のソファが目に入る。
「夢野。ちょっと持ち上げるから、動かないでいてくれ」
前にアキトから教わった『正しいお姫様抱っこのやり方』が、まさかこんなところで役に立つなんて思いもしなかった。介護で使うとか言われても半信半疑だったが、何事も学んでおいて損はないもんだな。
俺は夢野が座っている椅子を引き、少女の前で片膝をつく。そして背中へ左手を回すと夢野の身体をずらして、自分の腿の上へ座らせるように乗せた。
そして支える際に最も重要となる、少女の腿の下に右腕を回す。一般的にお姫様抱っこと言えば膝の裏に腕があるイメージだが、実際それをやると腕力だけで持ち上げることになり大変らしい。
「ふっ!」
本来は安定感を増すために首に手を回して抱きついてもらいたいところだが、今は贅沢を言っていられない。そのまま背筋を伸ばし、汗を掻いている夢野の身体を自分へ引き寄せるようにして持ち上げた。
例え持ち方が正しくても、いかんせん俺の筋力が弱い。こんなことならもう少し筋トレをしておけば良かったと思える程度に重みを感じる。
重心はやや後ろに維持しつつ、決して落とさないよう慎重に運ぶ。何とか隣の洋室へ辿り着くと、ゆっくりと夢野の身体を下ろしてソファへと寝かせた。
「ふう……」
後はタオルだが、和室の…………右だったよな?
夢野妹の言葉を思い出しつつ、俺は和室と思わしき最後の部屋を開ける。
六畳ある畳の部屋に足を踏み入れるなり、どこか知っている匂いを感じた。
「!」
部屋の隅に置かれていた予想外な物を目の当たりにして、思わずその場で立ち止まる。
そこにあったのは、先祖を供養するための祭壇。
位牌が祀られ、短くなった線香の煙が上がっている仏壇だった…………。