十二日目(金) 早乙女星華が夜空コンビだった件

文字数 2,704文字

 カラオケが終わった後は再び解散。阿久津、早乙女、夢野、火水木の四人が道具返しがてら受付方向へ向かい、先輩との交流に積極的なテツは葵&冬雪に声を掛けていた。
 俺は大きい方を催したので一旦トイレへ。戻ってきた後で、まだ見に行っていないゲームセンターゾーンへと足を踏み入れる。
 定番である太鼓などの音ゲー類は勿論、格闘ゲームやレースゲーム、シューティングゲーム等の豪華ラインナップが全て無料。各種アーケードゲームがボタン一つでプレイできるという違和感に驚きを隠せない。

「…………ん?」

 その一角にある、小さな薄暗い部屋が目に入る。
 中に冬雪がいるのが見えたため歩を進めるが、部屋の中は少し生臭かった。

「へー、釣り堀なんてあるのか」
「……(コクリ)」
「テツは一緒じゃなかったのか?」
「……クロなら飽きて、アオとゲームしに行った」
「成程な」

 冬雪の呼び方がコードネームみたいで無駄に恰好いい二人。桃なら一応いる訳だし、赤とか緑がいれば戦隊が組めそうだな……テツの奴が裏切りポジションか。
 備え付けの小さな釣竿を使って糸を垂らしている冬雪。釣り堀といっても別にそんな大それたものではなく、半径5mくらいの大きさをした池もどきだ。
 まじまじと池を眺めた後で、少女の隣へ椅子を運んで腰を下ろす。

「何が釣れるんだ?」
「……鯉」
「恋? …………あ、鯉か」

 一瞬何をいきなりロマンチックなことを言い出したのかと思った。ゴメンな冬雪、いつか鯉ダンスを考えてくるから許してくれ。

「餌って、これを付けるのか?」
「……(コクリ)」

 冬雪が竿を上げると、どうやら餌だけ食べられていたらしい。粉っぽい餌を丸めてから針に付ける少女を真似つつ、俺ものんびり釣りをすることにした。

「冬雪は普段釣りとかするのか?」
「……お父さんが好き」
「へー」
「……ヨネは?」
「俺は全くだな。小学生の頃に、ザリガニなら釣ったけどさ」
「……そう」
「…………」
「……」

 ………………何て言うか、釣りって暇だな。
 試しに竿を引き上げてみると、まだ餌は食べられずに残っている。本当に釣れるのか疑わしくもあったが、時々魚影が見えるため鯉はいるらしい。
 それなら餌の量を増やしてみようと、針を手元に引き寄せる。

「……ヨネ」
「ん?」
「……ミナのこと避けてる?」
「…………何だよいきなり」

 危うく餌じゃなくて指を刺すところだった。
 再び糸を垂らすと、冬雪は釣竿ではなく俺をジーっと見ながら呟く。

「……テスト前、部室来なかった」
「単に今回は家で勉強したい気分だっただけだよ」
「……トメがいるから?」
「だから別に避けてはいないっての。まあ早乙女は俺のこと嫌いみたいだけどな」
「……きっとトメは勘違いしてるだけ」

 冬雪のフォローはありがたいが、実際はそうでもない。
 だからこそ俺はアイツに何も言い返さず、黙って現状を受け入れている。

「……ヨネ最近頑張ってる。陶芸も勉強も」
「まあ、二年になったしな」
「……部員も増えて嬉しいけど、みんな仲良しがいい」
「こうして仲良くスポッチに来てるぞ?」
「……ヨネとミナ、全然喋ってない」
「そうか? 別に普段と変わらないっての」
「……やっぱり間違ってる」

 一体何が間違ってるというのか。
 柄にもなくよく喋る少女は、突拍子もないことを言い出した。

「……変わらないなら、今から私と一緒にミナの所に行く」
「…………はい?」

 冬雪は釣竿をそそくさと片付ける。
 そして立ち上がるなり、弱々しい力で俺の腕を引っ張り始めた。

「お、おい? 急にどうしたんだよ?」
「……私は前の方がいい」
「はあ?」
「……今のヨネとミナ、見てて寂しい」

 冬雪にしては珍しく、少し強めの口調だった。
 そんな少女に従い竿を片づけて釣り堀を後にすると、運が良いのか悪いのか一分も経たずにゲームセンターゾーンへ来ていた阿久津と早乙女を見つける。

「……ミナ、トメ、勝負」
「音穏……?」
「どうしたんでぃすか音穏先輩?」
「……こっち」

 俺から手を離した冬雪が、今度は二人の腕を引っ張っていく。

「事情はわからないけれど、少し落ち着いたらどうだい?」
「根暗先輩、音穏先輩に何を吹き込んだんでぃすかっ?」
「いや、別に俺は何も……」

 仕方なく後をついていくと、辿り着いたのはエアホッケー。チーム分けは当然のように俺&冬雪チームVS阿久津&早乙女チームという編成になった。
 冬雪がボタンを押すと、派手な音楽と共に機械がゲーム開始を告げる。

「よくわかりませんが、やるからには根暗先輩如きに負けられないでぃす! ミナちゃん先輩、久し振りに黒谷南中夜空コンビの力を見せる時でぃすよ!」
「そのコンビ名を言っていたのは星華君だけだと思うけれど、懐かしい響きだね」

 阿久津水無月に早乙女星華、夜空に浮かぶ月と星のコンビが身構える。俺と冬雪も判子みたいな弾く道具(正しくはマレットという名前らしい)を握り締めた。
 先にボール……ではなくパックを手にしたのは冬雪。基本的に運動全般が苦手な少女だが、ビリヤードで見せたコントロールがあればいけるかもしれない。

「……っ」

 よく狙いを定めた少女は、勢いよくパックを打ち出した。



『カカンッ』(テーブルの端で二度跳ね返る)



『カコンッ』(戻ってきたパック、見事俺達の陣地にゴールイン)



「……ごめん」
「…………ぷっ……くっ、あっはっは」
「……?」
「悪い悪い。いや、気にすんなって。ドンマイドンマイ」

 実に冬雪らしい第一打に笑いつつ応える。
 同じように二人が笑みをこぼす中、俺はパックを手に取った。

「うっし。そんじゃ次は俺がやってもいいか?」
「……お願い」

 こういうのは壁に反射とか、変にテクニカルなことはしない方が良い。
 真っ直ぐに狙いを定めて腕を素早くスイングすると、高速で打ち出されたパックは守ろうと反応した二人をすり抜けゴールへと吸い込まれていった。

「うっし!」
「……ヨネ」
「ん?」

 両手を高々と上げる冬雪。
 珍しいなと思いつつも、俺は少女と共にハイタッチを交わした。

「「いえーい」」
「言っておくけれど、勝負はまだ始まったばかりだよ」
「そうでぃす! 最後に笑うのは夜空コンビでぃす!」
「そっちこそ、チームヨネオンの力を舐めるなよ? 来るぞ冬雪!」
「……頑張る」

 こうして俺達の熱い戦いは始まった。
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登場人物紹介

米倉櫻《よねくらさくら》


本編主人公。一人暮らしなんてことは全くなく、家族と過ごす高校一年生。

成績も運動能力も至って普通の小心者。中学時代のあだ名は根暗。

幼馴染へ片想い中だった時に謎のコンビニ店員と出会い、少しずつ生活が変わっていく。


「お兄ちゃんは慣れない相手にちょっぴりシャイなだけで、そんなあだ名を付けられた過去は忘れました。そしてお前は今、全国約5000世帯の米倉さんを敵に回しました」

夢野蕾《ゆめのつぼみ》


コンビニで出会った際、120円の値札を付けていた謎の少女。

接客の笑顔が眩しく、透き通るような声が特徴的。


「 ――――ばいばい、米倉君――――」

阿久津水無月《あくつみなづき》


櫻の幼馴染。トレードマークは定価30円の棒付き飴。

成績優秀の文武両道で、遠慮なく物言う性格。アルカスという猫を飼っている。


「勘違いしないで欲しいけれど、近所の幼馴染であって彼氏でも何でもない。彼はボクにとって腐れ縁というか、奴隷というか、ペットというか、遊び道具みたいなものでね」

冬雪音穏《ふゆきねおん》


陶芸部部長。常に眠そうな目をしている無口系少女。

とにかく陶芸が好き。暑さに弱く、色々とガードが緩い。


「……最後にこれ、シッピキを使う」

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