第二幕(14)

文字数 440文字

(静かに)よし、今日は、ここまで。
(泣きながら)すまない。大丈夫だ。
(微笑む)大丈夫じゃないだろう。
彼は例によって、もうテントを広げてしまっていた。

不思議なものだね。歩くためには影が要る。
光だけではだめなんだ。
光と闇、どちらも必要なんだ。


こんな古い歌があるのだけど、知ってる?(口ずさむ)

 光は闇の左手
 闇は光の右手
 わかちがたく結ばれた
 愛しあう者たちのごとく
 ふたつでひとつ
音楽。次のゲンリーの台詞の間つづく。

今でも僕は、錯覚におちいることがある。
静かな部屋のベッドで眠りにつこうとするとき、ふと、顔の上にテントの布が斜めに張られていて、雪がさらさらと吹きつけてくるような気がするのだ。

寝袋の湿っぽく、まといつく感覚。

エストラヴェンのかすかな寝息。

真冬の大氷原を二人で越えたあの日々、ハッピーだったと言うつもりはない。
僕は空腹で、不安で、緊張していた。
思うようにいかないことの連続だった。

だが、愉[たの]しかった。

今になってわかる。

僕は愉しかったのだ。

音楽、フェードアウト。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

ゲンリー・アイ

地球出身。惑星同盟《エキュメン》の特使。惑星《冬》ことゲセンに単身降り立ち、カーハイド帝国の皇帝に開国をうながす。長身。性格は誠実で直情的。推定される容貌はアフリカ系。男性。

セレム・ハース・レム・イル・エストラヴェン


ゲセン出身。帝国カーハイドにおける《王の耳》(宰相に相当する最高実力者)。ゲンリーの使命の重要性をただ一人理解する。やや小柄(ゲセン人の平均的体躯)。性格は慎重かつ大胆。推定される容貌はアジアあるいはエスキモー系。中性(両性具有)。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色