第二幕(10)

文字数 487文字

そりの走行距離計では25キロだが、直線距離では12キロも進んでいない。崖にはばまれては迂回するというくりかえしが、もう2日も続いている。

アイは疲労困憊[こんぱい]し、不機嫌。今にも泣き出しそうな顔なのに、なぜか必死に泣くのをがまんしている。なぜだろう。泣くと何か不都合でもあるのだろうか?

男のプライドとか面子[メンツ]とか、そういうことをこいつに言ってもむだだ。男も女も変化の一部でしかないこいつらにとっては、男らしさなんて「おたまじゃくしらしさ」とか「さなぎらしさ」みたいなものなんだから。
たとえ危険でも近道があると、アイは必ずそちらを選ぼうとする。無謀なやつだ。無謀で、無防備だ。そもそも、いちばん弱いところを、いつも体の外にぶらさげているのだからしかたない。はらはらする。力は私の倍もあるのに、あぶなっかしくて見ていられない。

ハーラハッド・サナーン、冬第二の月、九日。

ついに抜け道を発見、氷の壁を抜けて、ゴブリン大氷河の上に立つ! ばんざーい! やったあ、ハース!

アイは有頂天になって私を抱きしめ、抱きしめる相手が他に誰もいなかったので、もう一度私を抱きしめた。

音楽。

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登場人物紹介

ゲンリー・アイ

地球出身。惑星同盟《エキュメン》の特使。惑星《冬》ことゲセンに単身降り立ち、カーハイド帝国の皇帝に開国をうながす。長身。性格は誠実で直情的。推定される容貌はアフリカ系。男性。

セレム・ハース・レム・イル・エストラヴェン


ゲセン出身。帝国カーハイドにおける《王の耳》(宰相に相当する最高実力者)。ゲンリーの使命の重要性をただ一人理解する。やや小柄(ゲセン人の平均的体躯)。性格は慎重かつ大胆。推定される容貌はアジアあるいはエスキモー系。中性(両性具有)。

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