第一幕(6)

文字数 438文字

エストラヴェンは袋を背負って出かけ、夕方帰ってきた。薄闇せまる丘を越え、スキーでひらりと滑走してきて、僕の横でぴたりと止まった。袋は食糧でいっぱいになっていた。干したパンの実、カディクという穀物、赤茶けた粗砂糖[あらざとう]の板。


こんなに……、どうやって?

(短く)盗んだのです。

彼はにこりともしなかった。ものにとぼしいこの冬の惑星では、盗みはもっとも卑劣な犯罪とみなされている。盗人[ぬすびと]より蔑まれるのは、自殺者だけだ。
夜、テントの中でエストラヴェンは、今後の全行程の距離と食糧の配分を計算した。
センベンシャン山脈を越え、ゴブリン大氷河を渡る。ざっと1,200キロです。

彼の考えたルートは、スタートからゴールまで一貫して、人間の居住の不可能な地域だ。だから監視官にでくわす危険性はまったくない。この点は万全だった。

それ以外の点では、狂気の沙汰としかいいようがなかった。

気の遠くなるような距離を、徒歩で。しかも行く手に待ち受けるのは雪と氷と火山ばかり、生命のかけらもない。

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登場人物紹介

ゲンリー・アイ

地球出身。惑星同盟《エキュメン》の特使。惑星《冬》ことゲセンに単身降り立ち、カーハイド帝国の皇帝に開国をうながす。長身。性格は誠実で直情的。推定される容貌はアフリカ系。男性。

セレム・ハース・レム・イル・エストラヴェン


ゲセン出身。帝国カーハイドにおける《王の耳》(宰相に相当する最高実力者)。ゲンリーの使命の重要性をただ一人理解する。やや小柄(ゲセン人の平均的体躯)。性格は慎重かつ大胆。推定される容貌はアジアあるいはエスキモー系。中性(両性具有)。

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