第一幕(2)

文字数 571文字

始まりは、去年の秋にさかのぼる。

オダーラハッド・ゴア。
すなわちゲセン暦の秋、第一の月の二十二日。

惑星同盟エキュメンの使節として僕がこの星に降り立ってから、すでに半年が経過していた。

地球の、しかも亜熱帯育ちの僕には、厳しい土地だ。冬の星、ゲセン。
まだ秋の初めというのに氷点下だ、地面にはうっすらと雪が積もっている。
着ぶくれてふるえている僕を見て、エストラヴェンは不思議そうに言ったものだ、

寒いのですか?
彼は――そう、彼と呼んでおこう――過去半年の間、このカーハイド王国における僕の後見人だった。直訳すれば「王の耳」と呼ばれる、首相の地位にあった。

あの晩まではだ。

エストラヴェンは僕を夕食に招待してくれた。パンの実と粗砂糖[あらざとう]、とぼしい食材をたくみにしつらえた繊細な料理の数々。すばらしい晩餐だった、グラスをたえずかきまわしていないとビールの上に薄氷がはってしまうという点をのぞけば。

ともあれ、まさかそれが首相としての彼に会う最後になるとは、僕は夢にも思っていなかった。

エストラヴェン自身も思っていなかったにちがいない、それとも――彼のことだ、予期していたのだろうか?

予期はしていた。だが、昨日今日とは思わなかった。
エストラヴェンは僕に語ったことがある。
(淡々と)アーガヴェン十五世の首相を長きにわたって務めた者は、誰もいないのですよ。
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登場人物紹介

ゲンリー・アイ

地球出身。惑星同盟《エキュメン》の特使。惑星《冬》ことゲセンに単身降り立ち、カーハイド帝国の皇帝に開国をうながす。長身。性格は誠実で直情的。推定される容貌はアフリカ系。男性。

セレム・ハース・レム・イル・エストラヴェン


ゲセン出身。帝国カーハイドにおける《王の耳》(宰相に相当する最高実力者)。ゲンリーの使命の重要性をただ一人理解する。やや小柄(ゲセン人の平均的体躯)。性格は慎重かつ大胆。推定される容貌はアジアあるいはエスキモー系。中性(両性具有)。

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