第三幕(2)

文字数 471文字

あれは、旅が始まって何日目のことだったのだろう。
まる一日かけてクレヴァス地帯を苦労して進んだ後だった。晩にはへとへとだったけれど、道が開ける見通しがついたので、二人とも意気軒昂[けんこう]だったのだ。

それなのに、夕食後、エストラヴェンは急に無口になって、「ああ」とか「うん」とか、気乗りのしない返事しか返してこなくなった。

セレム。
うん?
あの、僕、また何かまずいこと言ったかな。
いや。
でも――
気にしないでくれ。
気になるよ。頼む、僕のどこがいけなかったのか、はっきり言ってくれ。
(やんわりと)ゲンリー。君もそろそろ、「察する」ということを学んでくれてもいい頃なのではないかという気がしないでもないのだけどね。
「察する」?
「空気を読む」というか。
どういう意味?
(淡々と)体調が良くないんだ。
(驚いて)え、どうしたの、どこが悪いの?
(ため息)交合期なんだよ。

こ……?

(淡々と)私は、今朝から、交合期に入ったと言っているんだ。わかった?

はあ。

……
はいい?!
だから、君は私に近づかないほうがいい。
あ、ああ。
ということで、おやすみ。
お……おやすみ……
沈黙。
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登場人物紹介

ゲンリー・アイ

地球出身。惑星同盟《エキュメン》の特使。惑星《冬》ことゲセンに単身降り立ち、カーハイド帝国の皇帝に開国をうながす。長身。性格は誠実で直情的。推定される容貌はアフリカ系。男性。

セレム・ハース・レム・イル・エストラヴェン


ゲセン出身。帝国カーハイドにおける《王の耳》(宰相に相当する最高実力者)。ゲンリーの使命の重要性をただ一人理解する。やや小柄(ゲセン人の平均的体躯)。性格は慎重かつ大胆。推定される容貌はアジアあるいはエスキモー系。中性(両性具有)。

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