【7】-11
文字数 2,638文字
「このままじゃジリ貧だ。どうします、ザック?」
ガウスが焦りの色をあらわにすると、ザックも玉の汗を拭いながら、
「どうしますかね。カーラが言ったように、そろそろ土下座の準備でもしましょうか」
「あなたまでそんなことを」
「土下座は冗談ですが、爆発も起きているので、いざとなったら全員を上のデッキかどこかに集めて、船から脱出しましょう。
君が送り出してくれた救命ボートやSEP船のボートがまだ近くで待機していると思いますから、私とガリーのロゴスで何とか軌道をコントロールして乗り移ります」
「でも、クリスとダーナの容体がよくわからない。意識のない2人を落水させることにでもなったら命にかかわりますよ」
「ええ、一か八かの賭けになりますね。だから、ギリギリまでその方法は使いたくない。
私たちが無傷のうちにガリーたちに合流することにしましょう。残っている者で総攻撃すれば、あのマシンを撃退できるかもしれません」
2人は身をひるがえし、メインプールに向かって一気に駆け出した。
メインプールでは、ガリーとエルミンの攻防が続いていた。お互い手傷を負い、肩で荒い息を吐きながら激しい立ち回りを繰り広げている。
戦闘に気付いたマイクが、傷だらけの体を引きずって焼け焦げたカフェレストランから出てくる。エルミンがサボテンのオブジェの裏に隠れているのを見つけ、ファラデー・ディスクで狙いをつけたが、敵の援軍も後れを取ってはいなかった。
マクスウェルの指令を受け取ったハーシェルがマイクの背後に現れ、タクトを振り上げる。それに気づいたガリーが、大声で、
「マイク、後ろ!」
マイクは振り向きざまにハーシェルに電撃を放った。電光がハーシェルの肩をかすめて痺れさせ、そばの照明ポールに当たって火花を散らす。ハーシェルは腕を押さえながら、タオルの貸出カウンターの後ろに隠れる。
それを見たエルミンがオブジェの陰から飛び出しながら、マイクに向かって共鳴ランチャーを構えた。同時に、イベントステージの袖に隠れて攻撃のチャンスを待っていたガリーが、エルミンに向かって光の矢を放つ。光はエルミンをとらえたが、予測よりわずかに動きが速く、ツインテールの片方を焼き飛ばしただけだった。
だが、ちぎれてほどけた髪に触ったエルミンが、
「ここまで伸ばした髪をよくもっ!」と怒り狂い、狙いをガリーに変えてフルパワーの音響波を放つ。ガリーがステージに腹ばいになってそれを避けると、背後の大型スクリーンが粉々になった。
マイクは、ハーシェルの動きをけん制しつつ、がら空きになったエルミンの背中に向かって、ディスクのトリガーを引いた。
が、スパークがちょろりと光っただけで電撃が出ない。
「さっきの借りを返しに来たよ」
声の方向を見ると、デッキ18に続く階段の途中でメスメルが掌を揺らめかせている。もう一方の手には鋼の鞭。
「生傷を倍にしてやる」
エルミンは起き上がろうとするガリーに狙いを定めた。ハーシェルも貸出カウンターから出てくる。
「“
ザックがアウトデッキから走り込みながら、エルミンにロゴスを放った。エルミンの体が浮き上がりかけたが、エルミンはそばにあったミストシャワーの支柱をとっさにつかんで体を引き寄せ、支柱に片足を絡ませてランチャーを構えた。
ポールダンサーそのままのアクロバティックな体勢でザックに音響波を撃ち込む。
ザックはステップを切って攻撃をかわしながら、マイクに向かってタクトを振り上げているハーシェルに引力反転ロゴスを放つ。
しかし、ハーシェルは反重力ゾーンから素早く抜け出し、再びタクトを構えた。
「“曲率極大”!」
ザックに追いついたガウスがハーシェルの頭上に架かるミストの配管にロゴスを放ち、あっという間に配管がへし折れる。折れ目から噴き出した水が、ハーシェルに降り注いだ。
ハーシェルが水を振り拭ってガウスを睨みつけた時、採掘マシンが姿を現した。マシンは鉄のドリルを振り上げ、プールサイドの上空を通るウォーキングトラックをあっという間に切り裂いた。
四葉は医療行為違反も構わず、すぐにカーラに痛み止めの注射を打った。そして、
「船の医務室に血液バッグや止血剤があると思います。取ってきます」
しかし、カーラが四葉の腕をつかんで止めた。
「輸血や止血をしても無駄になるだけです。自分が今、どんな状態なのかよくわかっています」
カーラは痛みを堪えて何度か苦し気な息を吐くと、目を開けて告げた。
「…私はもう長くありません」
「いや、そんなことは…」
四葉が反論しかけるが、カーラは弱々しく首を振るばかりだった。実際、今から急いで搬送しても、この深手では手術室に着くまでカーラの命がもたないのは明らかだった。
「…シバさんに最後のお願いがあるんです。聞いていただけませんか?」
「最後だなんて…」
カーラを励ます言葉が見つからない。
「もう一度、みなさんの顔を見ておきたいんです。
戦闘中で無茶なお願いだとはわかっていますが、どうしても一目だけ…」
四葉はダーナを見た。ダーナは目を伏せて、ひっそりと頷いた。
カーラはいつも僕たちを気遣い、身を挺して仲間を守り、自分が憎まれ者になってでも壊れかけた心を救おうとしてくれた。
自分は、そのカーラにまだ何一つ恩返ししていない。
絶対に彼女をこのまま死なせるわけにはいかなかった。カーラが望むのなら、死地にだって迷わず飛び込む。
「行きましょう」
四葉は、両腕でカーラをそっと抱え上げた。カーラは体を縮め、目を固く閉じて痛みに耐える。
センタープールに通じるドアに向かってゆっくりと歩き始める。足を1歩踏み出すたびに、傷口から血があふれ出す。
腕に伝わるカーラの消えゆく温もりと柔らかな香水の香りが心を浸し、悲しみが胸をえぐる。四葉は泣くのを必死に堪えて前に進む。
出口に着き、ダーナが無事な方の手でドアを開けてくれる。
プールサイドでは、激しい戦闘が続いていた。ザックとガウスも駆けつけて、居並ぶ敵と渡り合っている。
「見えますか? みんな精一杯、戦ってます」
四葉がそう告げると、カーラは小さく頷く。その表情は、痛みも忘れたかのように澄み切っていた。