【3】-19
文字数 1,254文字
12時になると、マイクはバーを離れ、屋外デッキに出るドアに向かう。開かれたドアの周りは、デッキから引き揚げてくる客たちがひしめいていた。
だが、マイクはその流れに逆らい、他の客がルール違反者に眉をひそめる中、1人、外に出る。
風はほとんど収まっていたが、ピーク時に波しぶきがかかったのか、床がところどころ濡れている。マイクは手すりに沿ってゆっくりとデッキを歩いた。
途中、靴底が沈むほどの大きな水たまりができていて、マイクはその縁を回り込みながら歩き、再び手すりに近づく。
美しい夜だった。
日中の大風が雲を残らず掃き出してしまい、澄んだ夜空に明るい月が静かに映えている。海面には、水平線からこの船へ月の光の道がかけ渡され、とこしえの国にいざなうかのように輝いていた。
また少し風が出て、デッキの水たまりにさざ波が立った。
いや、さざ波だけではない。キャビンのバルコニーで見たような波紋が不意に現れた。背を向けて立つマイクにそれがぐんぐん近づいていく。
波紋がマイクの背中に迫った時、
「そこまでよ!」
ダーナの声がデッキに響いた。
マイクが声の出元を振り返ると、デッキの上、10メートルほどの空中にダーナとザックが浮かんでいた。
ザックがロゴスを解除すると、2人は降下し、
「“
デッキにふわりと降り立った。
ダーナはすぐに水たまりに駆け寄り、水の中に落ちている黒い滴を拾い上げる。それは薄い円形チップだった。
「これが君のカラクリのタネね?」
ダーナはチップを指でつまみ、見えない相手に向かって突きつける。
ザックがチップを見ながら、
「超小型の中継器ですね。君の靴の裏が受信機になっていて、この中継器を介して船内に仕掛けたカメラからの情報を受け取っていた。
靴の裏なら光学迷彩にほころびは出ないし、海水は導電体なので水たまりに足を置いていれば、有線と同じように中継器からの電波を受信することができる」
ダーナは
「マイクのキャビンを見た時に変だと思ってたんだ。確かにあの日は横殴りの雨が降ってたけど、今朝ぐらいの大風が吹かないと、バルコニーから雨が吹き込んでも、室内のカーペットがあんなところまでびしょびしょになるはずがない。
ここも同じよ。時化で多少波しぶきがかかることはあるにせよ、こんなに大きな水たまりなんてできっこない」
「調べたら、カーペットを濡らしていたのは雨水ではなく、海水だとすぐにわかりましたよ」
ダーナが声を張る。
「君は目を失った。さあ、姿を現しなさい、クリスティアン・ホイヘンス!
それとも乗客名簿の名前で呼んでほしい? ガイ・ヘインズさん」
ダーナの視線の先の一角が、壁紙をはがしたように一変した。
現れたのは、スマートグラスをつけた赤い縮れ髪のヘインズだった。