【4】-5
文字数 2,940文字
「多分、右のアームの向こうの方にあるキャビネットが、この現場の配電盤だ。あれを叩き壊せば電力を止められるはずだが、簡単に近づかせちゃくれないだろう」
目を凝らすと、雨しぶきでかすむ現場の奥に大型のスチールキャビネットが立っているのが見える。
「僕が行きます。敵のターゲットは偉能者で、僕は物の数に入ってません」
「しかし、それは…」
「迷ってる時間はねえよ。このままじゃ全滅だ。俺が援護するから行ってくれ、シバ」とクリスが後押しする。
「じゃあ頼んだ。ちょっとした小技を覚えたんだ。ここから真っすぐ配電盤に向かって走り、思い切り飛び上がってくれ」
四葉はうなずき、そばに落ちている鉄パイプを拾って駆けだした。
その動きに気づいたエルミンが、2階から飛び降り、
「何をする気か知んないけど、どこにも行かせないからね」
共鳴器で四葉に狙いをつける。
だが、クリスがラジカセ砲を構え直し、
「超音波キャビテーション!」
降りしきる雨に向かって超高周波を叩き込んだ。敵陣と四葉の間に落ちてくる無数の雨粒がたちまち泡立ち、エルミンの視界を遮る。
「くそ邪魔っ」とエルミンが地面を踏みつける。
全力ダッシュした四葉は、スピードが一番乗ったところで思い切りジャンプした。その瞬間、ガリーが、
「偉能ロゴス“慣性貫徹”!」
飛び上がった四葉の体は、勢いをそがれることなく空中を直進する。暴れ回る巨大アームの下をすり抜け、クレーターのような掘削孔の奈落を越えて対岸に達する。
それを見届けたガリーがロゴスを解除し、着地した四葉は勢いそのままに走り続け、スピードと体重を乗せて配電盤の扉を鉄パイプで殴りつけた。
一発で錠が壊れ、扉が半開きになる。四葉は扉を開け放って、中のリレーやメーターを滅多打ちにした。
超音波キャビテーションは、クリスたちの姿も敵の目からかき消していた。クリスはキャビテーションを発生させる合間に、左のロボットアームにも音響砲を撃ち始める。
「低周波共振じゃ、あのアームは破壊できないだろう?」とガリーが言うが、クリスは手を止めず、
「ま、やるだけやってみるさ」
その時、キャビテーションの煙幕を払いのけようとしていた2基のロボットアームの動きが止まった。モーター音が次第に減衰する。
「シバがやってくれた! アームが停止したぞ」
その歓声に合わせるかのように雨も小降りになってきた。地面を打つヒョウの数がめっきり減りだし、空を見上げると雲の切れ間が見えている。
「連中、天から肘鉄食らわされたようだな」
ガリーは笑いを忍ばせ、日が差してくるのを待ち構える。
ハーシェルが焦りの色を浮かべてマクスウェルを見るが、マクスウェルは動こうとしなかった。
「人類は太古の昔から、永遠に動き続ける自動機械を追い求めてきました。その試みは、スクリュー状の揚水機で組み上げた水を再びスクリューに落として回すアルキメデスの無限螺旋に始まり、重力モーメントを利用したオルフィリウスの自動輪、磁石を用いたウィルキンズ司教の鉄球、さらには流体エネルギー、気圧変化、毛細管現象を使った仕掛けなど、枚挙にいとまがありません。
しかし、いずれも外部から何らかの操作をしてエネルギーを供給し続けなければならなかったため、永久機関とは認められず、あだ花と散っていった。
それに対し、マクスウェルは一風変わった思考実験を行いました。
まず、小さな穴が開いた板で左右に仕切られた容器があり、その中を一定の温度の気体で満たしたとしましょう。そして、仕切り板の小穴を開け閉めすることができる分子サイズの小人が存在すると仮定します。
この小人が、気体の中の高速で動いている高エネルギー分子だけを容器の右のエリアに、低速分子だけを左のエリアに通します。すると、右のエリアは高エネルギー分子だけになり、温度がどんどん上がっていく。
通常、高温の気体を放っておけば、エネルギーが拡散して低温になる、つまりエントロピーが増大しますが、この小人がいれば、エントロピーに逆らって機械が高エネルギーを自給自足し、動き続けることができるようになる。まさしく永久機関の誕生です。
人々は、マクスウェルが仮想したこの小人をこう呼びました」
マクスウェルは、2基のロボットアームに視線を送った。
「偉能ロゴス“マクスウェルの悪魔”」
ロボットアームの根元あたりが火にかけた水のようにざわめき始める。それと同時に、周りの気温が急に下がりだした。
モーターが大きく身震いすると、稼働を再開した。
それを見たガリーが目を剥く。
「何が起きた? 動力を絶ったはずなのに、どうしてモーターが動いてるんだ?」
ファラデーが額に汗をにじませながらガリーに告げた。
「モーターが大気の熱エネルギーを動力にどんどん変換しとるんです。
マクスウェルの悪魔か」
バケットに溜まった雨水を滴らせながら、アームが息を吹き返した。振り落とされた水滴が、薄く射し始めた陽光に輝く。
その光をつかみ取ろうとするかのように、ガリーが掌を空にかざした。
「大気レンズ!」
光の束がすうっと収束し、敵陣に焦点を結びかける。
だが、起動した右のアームが前以上の速度で急旋回し、マクスウェルたちをかばうようにその頭上を覆った。光がアームを直撃し、表面の水滴を一瞬で蒸発させたが、敵の体には届かない。
さらに金棒と化した左のアームが高速回転し、逃げる間もなくガリーを横から襲ってくる。
ところが、ガリーをとらえる寸前、金棒が突然真ん中からガクンと折れ曲がった。空を切った金棒は、折れ曲がったところから真っ二つに割れ、千切れた先端が高々と飛んで掘削孔の斜面に突き刺さった。見れば、アームをジョイントしていた関節のボルトが真っ赤に焼け崩れている。
マクスウェルが折れたアームとクリスを見比べ、
「関節のボルトに超音波振動を与え続けて内部摩擦を起こし、摩擦熱でボルトを溶融変形させたってわけか。考えましたね。でも、ちょっと時間がかかりすぎかな」
マクスウェルはすぐに右のアームを動かし、横ざまにクリスに叩きつけようとする。
ザックが叫びながらクリスにタックルして地面に倒す。アームが地を這うように低空を旋回して2人に迫る
クリスに覆いかぶさったまま、ザックはアームの進路に落ちている敷き鉄板を指さした。
「
浮き上がった鉄板に激突したアームの軌道がわずかに上にそれ、ザックの体をかすめた。一方、アームに吹き飛ばされた鉄板は、工事現場を通り越して、後ろのフェンスを直撃。
鉄板がぶつかったところからフェンスがお辞儀したように完全に折れ曲がり、外に視界が開ける。公園の木立の向こうからアヴァロンホテルの鐘が、呪うように工事現場を見下ろしていた。
ザックが顔を上げて敵陣に怒鳴った。
「この異変に外の人間が気付かないわけがない。消防や警察が駆けつけるのも時間の問題ですよ!」
「いろいろやってくれますねー。フェンスまでの軌道を計算した上で、タイミングを計って鉄板をぶつけたんですね?」
マクスウェルがあきれたようにかぶりを振ったその時、目を疑う怪事が起きた。