【3】-13
文字数 1,196文字
紫マントの男はカーラの髪をなぜながら命じる。
「あそこでしゃべっている男をよく見るんだ」
カーラが朦朧とした目で市長を見る。
男はカーラの耳元に顔を寄せ、子供に言い聞かせるように囁いた。
「“シンクロニシティ”って言ってごらん、カーラ」
カーラの唇が震えるが、声にはならない。
「もっとはっきりと。シンクロニシティ、だ」
男の命令に押されるように、かすれた声が絞りだされた。
「シ…シンクロニシティ」
それと同時に、快調にスピーチを続けていた市長の体が、立ち眩みを起こしたようにふらりと揺れた。
「いい子だ。ありがとう」
紫マントの男は、もう一度カーラの髪をなぜてから、その肩をつかみ、右手に持ったナイフを高々と振り上げた。
しかし、その時、部屋のインターホンが鳴った。ドアのそばに立つ男がこちらに向き直り、指示を待つうちにもう1度インターホンが鳴り、紫マントの男はナイフを構えたまま、ドアの男に顎をしゃくった。
実際には10秒と経っていないだろう。永遠にも感じられた沈黙が破られ、ドアの内側のロックが外れる音がした。
左右の4人が目配せし合う。
ドアが薄く開いた瞬間、重田とマイクが体当たりを食らわせた。マイクの体重が乗ったドアの一撃は、目出し帽の男を入口のクローゼットの奥にまで叩き込んだ。
それを見た紫マントの男は、すぐにナイフを構え直し、カーラの胸の谷間に振り下ろした。
が、鼓膜をつんざくような高音が直撃し、途中でその手が止まってしまう。耳を押さえて入口を見ると、ラジカセを担いだ敵がこちらに狙いをつけていた。
クリスは、周波数ダイヤルを素早く回して超低周波を撃とうとしたが、その前に重田が雄叫びを上げながら紫マントに突進していく。
その権幕に驚いて、紫マントは手に持ったナイフを重田に投げつけた。ナイフは重田の帽子を射抜いて後ろに撃ち飛ばした。
紫マントは奇妙な装置のケースの蓋を閉め、それを抱えてベランダに逃げる。後に続こうとする目出し帽の男を、クリスが低周波攻撃で倒す。
ケースの蓋が閉められた途端、カーラががくりと首を垂れた。
同時に、マイクスタンドを握ってふらついていた市長が、意識を失い、演壇から転げ落ちた。
聴衆が悲鳴を上げて総立ちになり、会場は大混乱になる。
それを見た紫マントのルビーレッドの瞳が冷ややかな笑みをたたえた。
ベランダの手すりを乗り越えて、庭に飛び降りる。
ガリーたちがベランダから見下ろした時には、すでに紫マントは聴衆の中に入り込んでいて、そのまま庭を突っ切って水路のある公園に消えていった。
「ザックがいたら逃がさなかったのに。くそっ」とガリーが手すりを叩く。
「それより、カーラさんを」
小野が大急ぎでベッドのシーツをはがしてカーラの体にかけ、手首に指を当てて脈をとった。