【2】-3
文字数 2,611文字
「大丈夫ですか?」と、たどたどしい日本語で尋ねた。
女性は、さっき隣の車両に移ろうとして揉み合った乗客たちに押されて、尻もちをついたらしい。
男は女性の肘を取って軽々と助け起こすと、近くの席に連れて行って座らせた。真夏なのにジャケットとネクタイを着け、背中にジェラルミンケースを大きくしたような重そうなバッグを背負っている。
ライデン・ガンを構えたフランクリンが目に入らないのか、男は再びスマホを耳に当てて、こちらにズンズン歩いてきた。
「そこで止まれ」とフランクリンが怒鳴った。
「お前も電撃を食らって感電することになるぞ」
男は、「電撃ですか」と言ってスマホをしまった。今度は英語だった。
続けて「それはいかんですな」と言うが、足を止めようとしない。
「ライデン瓶をそんな物騒な武器にしてはいかんです」
「何だと?」
意表を突かれたフランクリンが、ライデン・ガンを男に向けた。
男はガリーたちのそばまで来ると、帽子のツバを上げて笑顔を見せた。
「危うく列車に乗り遅れるところでしたが、どうにか間に合いましたな。神のご加護です」
チョコレートブラウンの豊かな髪と、顎に届きそうな長いもみあげに囲まれたその顔を見て、ザックとガリーが、
「マイク!」と声を上げる。
フランクリンが、マイクに照準を定める。
「お前もRMAの異能者か。ちょうどいい、まとめて片付けてくれよう」
マイクと呼ばれた男は、
「皆さん、私の後ろに下がってください」と言ってライデン・ガンの正面に立った。
ガリーが、「奴はフランクリンだ。遠隔作用のロゴスを持ってる」と囁くと、
マイクはうなずいて、上着の内ポケットから細いコイルのようなものが巻かれたブレスレットを取り出し、手首にはめた。
フランクリンの指がトリガーにかかる。
マイクはまったく動じることなく、静かにつぶやいた。
「偉能ロゴス“ファラデー・ケージ”」
フランクリンがトリガーを引いた。ライデン・ガンから放たれた大電流が瞬時にマイクをとらえた。
が、いつの間にか現れた、鳥かごのような光の格子がマイクたちをすっぽりと覆い、電撃は格子に阻まれて、鳥かごの中に入り込めない。
マイクはケージで攻撃を防ぎながら、後ろ手で背中のバッグの上部を開け、中から取り出したものを右手で構えた。
それは、ポータブルCDプレーヤーを巨大化して、その中身をむき出しにしたような前円後方形の装置で、丸いディスクを
マイクがスイッチを入れると、ディスクがうなりを上げて高速回転し始める。
それを見たフランクリンが、
「ファラデー・ディスクというやつか。ということは、君はマイケル・ファラデーだな?」
「ご名答です」
答えて、マイクが装置のボタンを押した。
ほぼ同時に、フランクリンが、ライデン・ガンのトリガー近くにある何かのレバーを操作した。
ライデン・ガンからの放電が途絶え、そこにファラデー・ディスクから放たれた大電流が直撃して、ライデン・ガンが閃光に包まれる。
「やったか!」
歓声を上げるガリー。だが、ライデン・ガンもフランクリンもダメージを受けた様子がなく、マイクは攻撃を停止した。
「ライデン瓶が蓄電もできることを忘れておらんか?」
フランクリンは、キャップからはみ出した髪を逆立たせながら、口元に不敵な笑みを浮かべた。
「充電ご苦労。大した発電力だ」
フランクリンは、再びライデン・ガンのレバーを操作しながら、
「私はファラデーのことを買っとるんだよ。彼もフランクリンと同じ、貧しい家の出で、まともな教育を受けることもできず、数学の素養もない者の理論など信用に値しないと多くの科学者からバッシングされた。
だが、ファラデーは実験によっていくつもの革新的な理論を証明して見せ、そいつらを黙らせた。ファラデーは確か、ハーシェルと共同でガラスレンズの製造研究をしたこともあるだろう?
私も実験は大好きだ。手を組まんかね?」
マイクは首を横に振った。
「あなたは、電気には遠隔作用があると信じとるそうですな。しかし、電気には磁気を発生させる力があり、磁気には電気を発生させる力があり、その2つが交互に影響し合いながら電磁波として空間を伝わっていくのです。
電気の遠隔作用説を受け入れるわけにはいかんですな」
フランクリンは譲らなかった。
「電気には遠隔作用がある。私はさっきそれを実地に証明し、ガリレオ君たちはそれが真理であることを身をもって知った」
マイクも譲らない。
「電気には遠隔作用はないのです」
フランクリンは話にならんという顔つきで嘆息する。
「どうやら買いかぶりだったようだな。では、君にも私の真理を味わってもらうとしよう」
言うが早いか、ライデン・ガンのトリガーを引いた。
「ファラデー・ケージ!」
今度はライデン・ガンからの放電がまったく目に見えなかった。だが、ケージは大電流を受け、光の格子がまばゆく輝く。
マイクもすぐにディスクで反撃するが、蓄電に切り替えられたライデン・ガンにすべて吸収されてしまう。
吸収したエネルギーによって、ライデン・ガンの電撃はさらに苛烈になり、ケージは目もくらむ光に包まれる。
マイクが突然、片手を上げて言った。
「いったん休戦にせんですか?」
それを聞いて、フランクリンは勝ち誇った顔になる。
「はは、考えを改める気になったかね?」
「そうではありません。この車両には、まだ乗客が1人残っとります。
このままここで戦い続ければ、その方が巻き添えになるかもしれない。隣の車両に移らんですか?」
フランクリンは、しばし思案したが、
「よかろう。ご婦人に失礼があってはいかんからな」と同意した。
マイクは、フランクリンに背を向けないようにしながら、ゆっくりと後ろに下がり始める。ほかの3人がそれに合わせて後ずさりする。フランクリンも距離を保ちながら、通路を進みだした。
4人が連結スペースに入ると、マイクは小声で言った。
「隣の車両に行ったら、フランクリンを締め出します」
ガリーが即座にマイクのプランを退ける。
「その手は通用しない。すでに2度失敗してる」
「では3度目の正直ですな。秘密兵器があるのですよ」