【4】-3
文字数 2,925文字
夕陽にあぶられた入道雲がゆっくりと近づいている。
「カーラを救出しに行った時、音叉があの妙な装置とは別の振動も拾ってたんだ。発生源はこの中」とクリスがフェンスを指さす。
ここまでくると、地面がかすかに振動しているのが足元から伝わってくる。
「そん時は、工事やってんだなとしか思わなかった。だけど、よく考えたら、今日は市長が記者たちを連れて視察するんで、工事は休みのはずだったって気が付いた。じゃあ、なんで朝から現場が稼働してんだ?
ヘルムホルツが振動吸収とかしてっから、こんぐらいしか揺れてないんだろうけど、きっと中じゃバリバリ工事してるぜ」
ガリーが相槌を打つ。
「ああ、中にいるのはあのじゃじゃ馬だけじゃないだろうな。カーラでなくてもはっきり感じるよ。
いよいよ初陣だが、大丈夫か、シバ?」
「ええ」
西尾教授の言葉で迷いが吹っ切れた、と言ったら嘘になる。だが、重田が市長の付き添いで島に戻れないと聞いた時、この役目を自ら買って出た。ヒーローなりたいわけじゃないし、なれるとも思ってない。
もし、僕にそんな力があったら、絵理朱は今頃ブーブー言いながらもねじり鉢巻きで勉強机に向かい、高校生活最後の夏休みを元気いっぱいに過ごしてただろう。
偉能者たちだって、記憶の浸食を止めなければならない宿命もあるだろうけど、それだけが理由じゃないし、ヒーロー気取りでここに立ってるわけでもない。相手が強かろうが弱かろうが、自分の力が足りようが足りまいが、敵を食い止められるのが自分たちしかいないのなら、やるべきことをやるだけだ。
偉能者もサポーターも関係ない。
「行きましょう」
フェンスの通用口にはスチールドアが取り付けられ、電子錠でロックされていたが、マイクがジェラルミンバッグから取り出した器具であっという間にロックを解除した。
マイクを先頭に、工事現場に踏み込む。
現場の光景を一目見たマイクが、思わず声を荒げた。
「これは何ですか!」
それは、資料に掲載されていた現場の記録写真とは似ても似つかないものだった。
鉄骨が組み上がっているはずの現場は、申し訳ばかりの足場が周囲に組まれているだけで、中心部が深くえぐられて地肌があらわになっていた。穴の両サイドには、多数の関節を備えた長大なロボットアームが据え付けられ、先端のバケットを代わる代わるその穴に突っ込んで、土ぼこりを上げながら地中を掘り返している。掘削孔は深く、底が見えないほどだった。
バケットが掘り取った黒い土の塊の中には、白い砂のようなものが混じっていた。ロボットアームは、その塊をセメント工場にあるような長いベルトコンベアに次々に乗せ、コンベアは終点に設置された、大きなじょうごのついた装置にそれを運んでいく。
じょうごが土の塊を呑み込むと、装置の中で何かの処理が行われ、底の排出口から白い砂だけがふるい落とされて、業務用のクラフト袋に充填される。
一方、黒い土は分粒装置の腹に接続された別のコンベアに吐き出される。袋は作業着姿の数人の男たちによって一つひとつ封をされ、荷役台に積み上げられていた。
「お客様がお見えになったようだ。皆さん、作業は中止して、フェンスまで下がってください」
作業員が顔を上げ、分粒装置やコンベアの電源をすぐに切って、その場を離れる。
声の主を探すと、足場の2階に張り渡された広い鉄床の上に倉木が立っていた。その横に、ライデン・ガンを持ったフランクリンと新しいタクトを手にしたハーシェル。
エルミンことヘルムホルツは、共鳴器を担いで床の端に腰かけ、足をぶらぶらさせていた。
マイクは、彼らに向かって歩き出しながら、
「やはりあなただったですか。名刺を眺めているうちにひらめいたことがあるのです。ジェームズ・倉木、ジェームズ・クラーク。ずいぶんベタな偽名ですな。そして、フルネームでは、ジェームズ・クラークの後にもう一つ名字が加わる。
マクスウェルです」
ガリーたちが目を見張る。
「ジェームズ・クラーク・マクスウェル!」
「マクスウェルの方程式を作り上げ、古典電磁気学を確立した天才的な理論物理学者。アインシュタインをはじめ多くの科学者がその業績を称え、彼の信奉者となった。
あなたがラスボスですか?」
黒髪の美青年は、にこっと笑うと、
「このプロジェクトについては一任されていますが、ラスボスなんかじゃありませんよ」
「プロジェクトとは何ですか? ここで何を掘り出しとるんです?」
「それは秘密ですが、ニュートンさんなら興味をお持ちになるかもしれないもの、とだけ言っておきましょう」
ガリーが険しい声で問いただす。
「この採掘現場を隠すために、市長の暗殺を謀り、さらに襲撃計画をリークして俺たちを島から追い払おうとしたんだな?」
「心臓のこともあるから、視察はまたの機会にした方がいいと何度も説得したんですけどね。どうしても記者を連れて視察すると言ってきかないものだから、やむなく。
でも、市長を亡き者にしようとは思っていませんでしたよ。ちょっと体調を崩してもらって、おとなしく入院でもしててくれればよかったんです。我々はむやみに人を殺したりしません」
マクスウェルは眉を陰らせ、
「ですので、ペンシルベニアの一件は痛恨の極みです。我々も視察団のスケジュールを把握していなかったんです」
「カーラのことはどうなんだ? ナイフで心臓をえぐって、ちょっと体調を崩してもらおうと思ったのか?」
「偉能者は別です。確実に我々の計画の障害になりますからね。特にカーラさんの偉能者探知能力、アクティブ・イマジネーション、そしてシンクロニシティ。いずれも我々にとって大きな脅威です。
今回も、この現場のことに気づかれる前に、まず彼女を排除しなければなりませんでした」
さらに続けて、
「でも、そちらの偉能者を全員排除したいと思っているわけではありません。もちろんニュートンさんはいつでも歓迎しますし、本来ならファラデーさんもお誘いしたいところです。マクスウェルはファラデーを敬愛していましたし、彼の実験結果を数式化して電磁気学の基礎となるマクスウェル方程式を導き出したんですから。
でも、重要な点について見解の相違もあるので、
ザックがマクスウェルを見据えて言った。
「アカデミーの本当の狙いは何ですか? それが十分に納得できるものでない限り、あなたたちに協力するわけにはいかない」
「ですから、アカデミーに来ればお教えしますよ」
エルミンがじれて叫ぶ。
「だーかーらー、話が長いんだって! ニュートンをぶっ倒して引きずってけばいいだけだろ? あと、そこのクソガキも覚悟しな」
エルミンは上体を軽く前にかがめると、足を宙にぶらつかせた状態から、一動作で跳ね起きて、床の端ぎりぎりに降り立った。
共鳴器に唇を当てる。