【3】-15
文字数 1,475文字
「私たちもお仲間に加えていただきませんこと? バーでの情報収集も探偵の重要な任務」
ダーナにそう促されて、一緒にバーに行く。
「こんばんは。盛り上がっているようですね」
ザックがシルバーに声をかけると、
「やあ、いい夜だね。大雨に見舞われて、船医のご利益もこれまでかと思ったが、どうにか持ち直して星も出ている。シグノーラのラッキーチャームはまだまだ健在のようだ」
ザックがエスコートしている女性を見て、浅井と真田は一瞬不思議そうな顔になるが、何か事情があるのかと察し、すぐに笑顔に戻る。
一方、シルバーは、ザックとダーナの薬指を見て、
「この前は気づきませんでしたが、結婚されておられたんですな」
「ええ、指輪を失くして困っていたんですが、ベッドの下に転がっていたのを妻が見つけてくれまして」
「初めまして、ダーナです」
可憐な笑顔で一堂に挨拶する。
「奥様も横浜からご一緒に?」
「いえ、私、化粧品関係の仕事をしておりますが、重要なお客様との会合が急に入ってしまい、高知から乗船することに」
シルバーは「それはご災難でしたな」とダーナを慰めた後、サングラスの陰から覗く片眉を上げ、
「結婚指輪を失くされたのは、わざとじゃないでしょうね、カムフォードさん?」といたずらっぽく笑う。
ダーナがくりっとした目をさらに大きく開いて、
「そうなの? 結婚2年目でもう浮気の虫が?」
予想外の話の展開にザックは、
「まさか」と言ったきり、答えに詰まる。
すると、着物姿の夫人がシルバーを軽く睨む。
「からかうのはおよしなさいな。誠実そうな旦那様じゃありませんか。
ご安心なさって、ダーナさん。本当に浮気をしている殿方なら、奥様に疑われた途端にペラペラと頼んでもいない弁解を始めるものですよ」
「ありがとうございます。私も主人の人柄に惹かれて結婚いたしましたの」
ダーナはザックに腕を絡ませ、肩に頭をもたせかける。
多少のことでは動じないザックが、珍しくドギマギした表情を見せた。
シルバーが夫人を2人に紹介する。
「こちらの
「その話はもういいじゃありませんか」
「なんの、ここからが佳境です。前を行く列車の踏切事故でダイヤが乱れ、船の出港時刻に間に合わないと見るや、夫人は大金をポンと払って駅前に停まっていたオンボロ車を買い取った。
そして、目の悪い私に代わり、腕まくりしてハンドルを握ると、道なき道をマッドマックスのごとく爆走し——」
途中からマイクも、ザックたちとは他人のふりで話に加わり、次々に披露される西園寺夫人の武勇伝に聴き入った。気が付けば時計の針が12時に近づきつつあり、そろそろお開きということになった。一行は酔い覚ましにアウトデッキを歩いて部屋に戻ることにする。
シルバーと真田がまた何か話を交わし、笑いながら歩いていると、デッキに人だかりができていた。浦瀬や藤堂、高科氏など、見知った顔もいる。その輪の真ん中で、デッキチェアの上に乗った佐伯老人が熱弁を振るっていた。
シルバーは笑顔を消し、眉をひそめた。
「せっかくの楽しい夜が台無しになりそうだ」