【6】-17
文字数 2,060文字
間合いを詰めようとすれば、鞭を絡みつけて動物磁気を送り込もうとするし、下がれば鞭の先で打たれる。今度動物磁気を食らったら、そこで終わりだろう。マイクはしゃにむにチェーンカッターを振り動かすが、変幻自在の鞭をなかなかとらえることができず、生傷が増えていくばかりだ。
そこに、左の廊下の方から強烈なバーナーが噴射されたような音が聞こえたかと思うと、天井のスプリンクラーが作動し、消火水を振り撒き始めた。
髪に水がかかったメスメルが、美しい眉をしかめて頭を振り、滴を払う。
「ライヒか。何をやってるんだ」
その隙をついて、マイクが突進しようとしたが、
「おっと」とメスメルは数歩下がって鞭を振るう。硬い先端がマイクの膝を打ち、よろめかせた。膝の痛みを堪えながら、マイクはメスメルに忠告する。
「戦いを続ける前に、キャプテンたちの催眠を解いた方がいいですよ。我々の仲間が、船の前方に障害物があり、このまま進むと衝突すると言ってきとります」
「嘘つけ。こっちにはそんな連絡は来ていない」
「タイタニックは、航路上に海氷があることを知らせる他船からの警告を無視したために沈没した」
「カビの生えた昔話だ。時間稼ぎなんかしても無駄。君に勝ち目はないし、他の2人もライヒが始末してるだろうさ」
「私はそうは思わないし、時間稼ぎも無駄にはならんですよ」
そう言うと、マイクはチェーンカッターをメスメルに投げつけて再び突進した。
「だから無駄だってば」
鞭が床を這うようにマイクの足元に襲い掛かる。マイクは飛び上がってそれを避け、廊下の手すりに飛び乗った。
それを見て、メスメルは噴き出した。
「ククッ、今度は曲芸かい。まるでサーカスの熊みたいだね。それじゃあ鞭に合わせてダンスでも踊ってもらおうか」
マイクは会心の笑みを浮かべた。
「踊るのはあなたの方です」
ファラデー・ディスクの金属ロッドをメスメルにではなく、濡れた床に向け、トリガーを引く。ロッドから放たれたスパークに勢いはなかったが、確実に床に届き、次の瞬間、メスメルが白い髪を逆立てて後ろに吹っ飛んだ。
マイクは手すりから降り、意識を失ったメスメルを眺めた。
「廊下が水浸しになるのを待っとったんですよ。やはり、磁気流体は水中の電磁場には干渉できないようですな。
船のスプリンクラーシステムには海水が使われとります。よく効いたでしょう?」
逃げ場のない至近距離から、四葉に向かってオルゴンエネルギーが発射された——
と思われたが、砲身が青白く光っただけで何も起こらない。
ライヒは戸惑った表情でもう1度トリガーを引くが、やはりエネルギービームが出ない。
「何が起きた?」とうろたえながらクラウドバスターを調べると、砲身の根元のボックスに、馬に使うような太い注射器が突き立っている。
「これは何だ! お前何をしたっ?」
四葉はわき腹を押さえながら、
「廃工場戦の後、RMAのデータベースでオルゴンエネルギーのことを調べてみたんだよ。そしたら、ライヒがSFPAバイオン・アメーバを培養してオルゴンエネルギーを得たこと、そしてTバチルスという細菌がそのアメーバの宿敵だという情報が載ってた。
で、アメーバを不活化できるようなバチルス菌プールができないかと思って、RMAの実験室を借りて、めぼしい菌を全部混ぜ込んだんだ。どうやら僕が注入したバチルス菌のどれかが、あんたのバイオン・アメーバをきれいに平らげてくれたみたいだ」
「なんてことしやがるんだ、クソ衛生兵が!」
ライヒは怒りに任せて四葉を蹴り飛ばし、倒れ込んだところにもう一度蹴りを入れた。
「止めてください!」
カーラが止めに入ろうとするのを、
「引っ込んでろ! 後でたっぷり可愛がってやるから」とクラウドバスターを振り回して払いのけ、さらにその砲身で四葉を滅多打ちにする。
四葉は壁際にうずくまったまま、腕で頭をかばっていたが、突然、おかしくてたまらないように腕の下で笑いだした。
「何がおかしい!」
「実を言うと、僕は衛生兵ですらないんだ。看護師資格もないからね」
「この薄汚いジャップのカス猿が!」
ライヒが四葉を踏み殺そうと、足を大きく振り上げた。
「だからこれは本当は違法行為なんだけど——」と言いながら、四葉は隠し持っていたものを手に握り込み、
「乗船記念に1本プレゼントだっ」
ライヒの軸足の太ももにそれを思い切り突き刺した。
「痛ってえ!」
ライヒが足を押さえながら下がる。
見ると、針が根元まで埋まるほど深く注射器が刺さっていた。
「濃度を上げた局所麻酔薬だ。運動神経がブロックされて、もうすぐ足が動かせなくなる」
「クソがっ!」
ライヒは注射器を引き抜いて床に叩きつけると、足を引きずりながらオーシャンビューホールのエレベーターに退いていく。
「シバさん! 大丈夫ですかっ」
カーラが駆け寄って、満身創痍の四葉を支え起こす。
「ええ…何とか。頭には食らってませんから。それよりマイクさんの方はどうなりました?」