【7】-1
文字数 2,377文字
「今、金鱗丸が海に落ちた人を救助してます」
「助かります!」
筧が安堵の色を浮かべる。
「船の状況は?」
「シグノーラとの衝突で電気系統が損傷して、電源を失った。急いで修理しているが、ボートを降ろすこともできないし、通信機器も使えない。
シグノーラに何が起きたんです?」
「詳しいことはわかりませんが、船がハイジャックされた可能性がある」
「ハイジャック…」
筧が再び青ざめる。
「俺が状況を確認してきます。皆さん、居住棟に入って、外に出ないようにしてもらえますか。そして、電力が復旧したら、すぐにボートを降ろして船から離れてください」
頷いた乗組員たちを後に、クリスはマリンキャッスルの舳先に船尾を食い込ませたシグノーラに向かう。
船首甲板に着いてみると、ウォータースライダーなどがあるシグノーラのオープンデッキとマリンキャッスルの甲板がほぼ同じ高さにあることがわかった。すぐ下のボートデッキは完全に潰れていたが、オープンデッキには床にも手すりにも目立った損傷はない。
これなら、シグノーラに乗り移ることができる。
クリスが船首甲板の手すりに足をかけようとした時、首に掛かった音叉が震えだした。後ろを振り返るが、ヘリポートと巨大クレーン、背丈ほどの木箱があるだけで、人影はない。
上空に目をやる。
すると、豆粒ほどに見える飛行物体がローター音を立てて急速に近づいてくる。
「ドローンカーか。乗ってるのは誰だ?」
クリスがラジカセを肩に担いで身構える中、ドローンカーがヘリポートに着陸する。シャングリラ島で見たものとは違って、ヘリコプターに近いクローズタイプの大型機で、4~5人は乗れそうだ。
と、ローターも止まらないうちに、ハッチが開く。機内にフルートを大きくしたような金属器が見えた。
クリスは横っ飛びしながらラジカセのスイッチを押し込もうとするが、敵の攻撃の方が速かった。
音響波を食らったクリスは、わき腹を押さえながら、木箱の後ろに転がり込む。
共鳴砲を携えたエルミンに続いて、マクスウェルが甲板に降り立った。
「久しぶりだね、クソガキ。
あんたがろくでなしのライヒの手にかからなくてよかったよ」
「意見が合うじゃねーか。俺もあいつの面を拝むのはご免こうむるぜ」
「ああ、2度と見なくて済むよ。あんたはこれからあたしが始末するんだから!」
エルミンがリッププレートに素早く唇を当て、木箱ごとクリスを叩こうと共鳴砲を吹き鳴らした。
クリスが飛び出して、音叉を差しつける。
「“ドップラーシフト・
リズミカルかつ荒々しく打ち出されるノイズの周波数が下がり、ハードロックの輪郭をまといだす。
「おー、キャン・ザ・キャン。スージーQじゃん。前より趣味がよくなったじゃねーの。ついにロックにお目覚めかい?」
「やかましい!」
エルミンが耳元を赤らめて怒鳴る。
「じゃあ、返歌といくぜ」
クリスがスイッチを叩き込むと、ゼップが地響きを立て始めた。
「“ドップラーシフト・
ロバート・プラントの甲高いシャウトがさらに高音へと駆け上がっていく。
「そっちは相変わらず騒音ばっかり。“ヘルムホルツ空洞”!」
激しい攻防の中、マクスウェルが何か呟いた。
すると、クリスのラジカセ砲の電源が突然切れてしまう。
「マクスウェル方程式か。電場を操ってラジカセを誤作動させやがった」
再び木箱の後ろに下がり、あたりを見回すと、敵の少し右手の床から、巨大クレーンを囲む高い鉄柵に向かって張り渡されているワイヤーが目に入った。ワイヤーには今、強いテンションがかかっている。
「マクスウェルが作り出した電場はあのワイヤーにも届いてるはずだ。それなら…」
クリスは音叉で密かにワイヤーの上部に狙いを付けた。
「“ドップラーシフト・
ワイヤーを通る電流が一気に高周波にシフトしていく。
クリスが攻撃してこないのを見て、エルミンが、
「もしかして、あんたのラジカセ、ジャムった? それならこっちから行くよ」と笑みを浮かべながら足を踏み出した。
だが、マクスウェルが異変に気付いた。高く張られたワイヤーの上部が高熱を帯びて赤く灼けている。
「エルミンっ」
叫んで襟をつかんだのと同時に、張り詰めたワイヤーが千切れ、風切り音を立てて2人に襲い掛かる。マクスウェルがエルミンを引き寄せた直後にワイヤーが飛来し、甲板をしたたかに鞭打った。
マクスウェルはさらに後退し、ローターの止まったドローンカーの中に姿を隠す。
クリスはラジカセのスイッチを押し直して、電源が入ったことを確認し、木箱の陰から機内を狙おうとした。
その時、気温が急速に下がりだした。
デッキにそそり立つ巨大クレーンの台座がギシギシと身じろぎしたかと思うと、電気系統の故障で動力源を失ったはずのクレーンが、突如、唸りを上げて回転した。
クレーンから下がる鋼鉄のフックが横殴りに襲い掛かり、マイクがデッキに突っ伏して避けると、木箱を叩き潰して、中に入っていた機械部品をあたりにぶちまける。
ドローンカーの座席に収まったエルミンがマクスウェルに、
「さっきのワイヤーはあのクソガキがやったの?」
「僕が作った電場を利用して、ワイヤーに流れる電流を高周波シフトし、内部に過電流を発生させて誘導加熱したんでしょう。IH調理器と同じ原理だ。
しかしまあ、あの手この手といろいろやってくれますね」
「大丈夫。あたしがあいつをおとなしくさせるから」
マクスウェルはエルミンを見てにこやかに、
「いえ、ここからは僕の悪魔たちに任せてください」
巨大クレーンが逆方向に回転し、吊り下げられたフックが大きく振りかぶられた。鉄の凶器が逃げ場のなくなったクリスに襲いかかる。