【7】-9
文字数 2,290文字
そこにこの強大なマシンとマクスウェルたちが現れれば、味方が窮地に追い込まれるのは目に見えていた。
採掘マシンが虚数空間から戻った後、ガウスはすぐにセンタープール方向に走り、屋内スポーツエリア手前のアウトデッキで、巨大蜘蛛の脚を止める仕掛けを作り始めた。まず、曲率増大ロゴスをかけて、屋内外を隔てる壁をアウトデッキ側に引き崩した。さらに、スポーツエリアの上階に設置されたレーダーや通信アンテナの保護のために張り巡らされている馬鹿高い鉄柵を外側に捻じ曲げて、崩した壁に覆いかぶさるようにした。
すさまじい破壊音がデッキに鳴り響き、がれきがあたりに飛び散った。
そして、仕上げに、
「“ガウス投射”」
デッキを塞いだすべての物体の写像が、床に投射される。オイラーが投射図に気付いて複素数回転でバリケードを解除したら、今度はオイラーたちに投射ロゴスをかけ、敵が虚数空間に逃げ込んでいる間にバリケードを元に戻す。
いたちごっこでしかないのは承知の上だが、味方が体勢を整え直す時間ぐらいは稼げるだろう。
採掘マシンがアウトデッキに姿を現した。
行く手を阻む大掛かりなバリケードを見て、マクスウェルが肩をすくめる。
「通せんぼか。派手に船を壊してくれましたね。だけど、この程度の障害物じゃ足止めにはならない」
採掘マシンはバケットのついたアームを振って、瓦礫に覆いかぶさっている保護柵を払いのけようとした。
が、柵はびくともしなかった。
「ん? 意外に手強いな」
マクスウェルはマシンを操り、今度は2本のアームをフルパワーで鉄柵に叩きつけた。それでも柵は1㎜も動かない。
隣にいたオイラーが床の写し絵に気付き、マクスウェルに告げる。
「バリケードにガウスの投射ロゴスがかかってます。投射図が動かない限り、実物にいかなる力を加えても変形させることはできません。
ですが、バリケードを丸ごと虚数空間に送り込めばロゴスは解ける。私が今——」
「いや、いい」
マクスウェルは、ロゴスを発動しようとするオイラーを制し、
「要するに、投射図をどかせばいいんだよね」と、悪戯っぽい目になる。
採掘マシンがバリケードから離れていく。
「投射図に気付いたか。次はオイラーの出番——」
そう言いかけたガウスの顔がこわばった。
マシンは投射図の後ろまで下がると、削岩ドリルを作動させ、デッキの床に打ち込んだ。そのまま、デッキの端から端まで横一線、ドリルで床を切断する。分厚いチーク材がベニヤ板のようにやすやすと切り裂かれ、デッキに木屑が舞い散る。そして、マシンは床材の切れ目に3本爪とシャベルバケットをねじ込み、投射図を床ごと剝がし始めた。
頑丈な床があっという間に剥がされ、マシンはまるで絨毯を丸めるように、バリケードごと巻き込みながらデッキを進み始める。
「なんてパワーだ…」
ガウスは青ざめながら、土石流のように押し寄せてくるバリケードの残骸から後ずさる。
マシンはついに瓦礫の関を越えて、潰れたバリケードの上に立ちはだかり、ガウスに向かってアームを振り上げた。
「“
振り向くと、応援に駆け付けたザックが、採掘マシンに指を突き付けている。
何トンもある蜘蛛の巨体がジワリと浮かび始めた。
が、大蜘蛛はシャベルバケットをねじれた鉄柵に素早く引っかけて浮上を止め、さらに手近にある瓦礫を3本爪でつかみ取ってザックに投げつける。
ザックが慌てて、
「“
投石をかわしたが、蜘蛛にかかっていたロゴスが解け、地響きを立ててバリケードの上に降り立った。
「やあ、シャングリラ以来だね」
ザックが声の出どころを探すと、採掘マシンのもう一つのシャベルバケットに、オイラーと並んでマクスウェルが腰かけていた。
「だけど、そのロゴスを2か所同時に掛けられないのは、相変わらずの弱点だ」
マクスウェルが余裕たっぷりの笑みを浮かべる。
しかし、その時、ズン、と腹にこたえる轟音が響き、地震でも起きたかのような大きな揺れが船を襲った。
「今のは何だ?」
マクスウェルとオイラーが、バケットから降りてシグノーラの船体を見上げる。
「爆破装置が作動したんですよ。仲間まで道連れにする気ですか?」
ザックが2人を睨みつける。
「爆破? 誰がそんなことを?」
マクスウェルはオイラーを見るが、オイラーはとんでもないといった顔で首を振る。
「とぼけないでください! 君が命じて船に爆発物を仕掛けさせたんでしょう? ハーバーがさっき、起爆スイッチのようなものを押したのを見ましたよ」
ザックの言葉に、マクスウェルは驚きの表情を隠せない。
「あいつ、エリキシルプラントを誰の手にも渡さないために…」
マクスウェルはきっとした顔つきになり、インカムで全員に呼びかける。
「ハーバーが船内に爆弾を仕掛けました。どうやらこの船で公海に出るのは無理そうです。
プランCに変更。そして、シグノーラが沈む前にできる限り敵を排除します」
そう言い終えた時、船の内部で2度目の爆発が起きた。今度の爆発はさっきの比ではなく、マクスウェルとオイラーはとっさに足元のひしゃげた鉄柵をつかんで、バリケードの残骸から振り落とされるのを防ぐ。
トップデッキの