【６】－５

　メスメルは手を後ろに組み、講義でもするようにバーカウンターの前をゆっくりと歩きだした。
「今回、佐伯事件をアカデミーが調べ、船で騒ぎを起こす格好のネタになるというんで、死んだ親父に扮することになったけど、最初はアカデミーも奴がマニラで失踪したと踏んでた。
　ところが、真田と浦瀬に催眠をかけてあれこれしゃべらせてるうちに、前のクルーズで何が起きたかわかったのさ。あの２人は、佐伯がクルーズに参加しているのを知って奴に詰め寄った。

　まあ、故意じゃなかったようだけど、奴が逃げようとして揉み合いになり、結果的に浦瀬が奴を突き落としちまった。その話を仕入れた後、僕は２人には死んだはずの佐伯が書いたような脅しのメモを差し入れ、小田島には２人に疑いの目を向けさせ、プレッシャーを与えるように仕向けた。

　さらに、伊集院の時は最初の老夫婦みたいに下船を偽装できなかったから、それを逆手に取ることにした。彼を幽霊に仕立ててもうひと騒動起こし、真田や乗客たちの恐怖心をあおれば、泡を食って外出禁止令を出すんじゃないかと思ったが、まんまとはまってくれたよ」

　真相を聞かされたマイクが暗い溜息をつく。
　ザックは、なおも納得のいかない表情で、
「では、それほど手を尽くしてプラントの存在を隠そうとした一方で、乗客をエリキシルに暴露させたのはなぜなんです？　そんなことをすれば、船医の浅井さんが不審を抱いてRMAに報告するかもしれないのに」
　すると、メスメルが美しい顔をしかめてハーバーを見た。
「言うことを聞いてくれない人がいるもんだからね。あの船医がそっち側の人間だとは知らなかったが、おかげであんたたちを呼び寄せてしまう羽目になった」

　ハーバーがまったく悪びれることなく言い返す。
「新しい薬剤を開発したら、それを試す被験者が必要になるのは決まっとるだろう。だが、アカデミーにいくら言っても、20代～50代の被験者しか集められん。老人も幼児もすべてモルモットにして薬効と副作用を調べなければならんのだ！」
　ダーナが毒虫を見るような目つきになり、
「その声で思い出した！　メスメルのキャビンで言い争ってた相手は、あんただったんだね」

　メスメルがぬけぬけと言ってのける。
「お耳苦しいやり取りをお聞かせしたようで。でも、僕の苦労も察してほしいね。この人がおとなしくしててくれないせいで、目付け役として船に乗らなければならなくなった上に、毎日声をからして七人ミサキだのバクラウだのと馬鹿げたことをわめき続けなきゃならなかったんだから」

「前回のクルーズで放火騒ぎを起こした犯人は誰ですか？　本当に真田キャプテンは佐伯殺しを隠ぺいするために船を沈めようとしたんですか？」
　ザックが疑念をぶつけると、
「船を沈めるために放火したのではない」とオイラーが否定する。
「シグノーラをハーバーの設計通りのプラント船に改造するには、ドック入りさせる必要があった。補助ボイラーに偽装したリアクターをはじめ、精製装置や圧力設備などを船内のあちこちに設置し、それを配管でつながなければならなかったからね」

「あなたが犯人でしたか。船に火を点け、プラントに改造し、廃液を垂れ流しながら航海させる。シグノーラやクルーズをこよなく愛するあなたが、そんなことをして胸が痛みませんでしたか？」
　ザックに痛いところを突かれたオイラーが黙り込む。

　ザックはキャビンから持ち出してきた単原子傘を敵に突きつけた。
「さあ、三文芝居はもう終わりです。拉致した人たちを返しなさい」
　しかし、ハーバーが後ろ手で何かしながら、
「まだカーテンコールが残ってる。今度は貴様らにも舞台に上がってもらわんとな」
　言葉が終わらないうちに、左腕を突き出してボウガンを構えた。
　以前は上下3段重ねだったが、今回は横側にも弓とガイドレールが付き、腕全体が武器化している。
「あれからまた毒薬と麻痺剤のレパートリーが増えてね。貴様らの体で試させてもらうぞ」