【6】-19
文字数 2,807文字
「偉能ロゴス“アクティブ・イマジ——”」
その時、シグノーラがマリンキャッスルに衝突した。カーラは廊下の壁で強く頭を打ち、意識が遠のく。
一方、ブリッジのドアの前にいた四葉たちも、衝撃で飛ばされ、折り重なって倒れた。
2人は、呻きながら傷だらけの体を起こす。
「カーラは大丈夫か!」
客室デッキに戻ると、カーラだけが床に倒れていて、メスメルの姿はなかった。
「カーラ!」
2人が呼びかけると、カーラは目を開けて頭を手で押さえ、周りを見回す。
「メスメルは逃げたんですね、すいません」
「いや、いいです。奴のことは放っとこう」
四葉がマイクを見る。
「これからどうします?」
「とりあえず船は止まった。これでガウスたちは乗客を避難させられるはずです。
我々はハーシェルたちと交戦中の2人に合流しましょう」
船が衝突する少し前、屋内に入ったザックたちは、ハーシェルとハーバーの追撃を受けていた。通路の柱やドア、カフェ、レストランの物陰などを利用しながら攻撃をかわすが、有効な反撃手段がない。
それを見越し、狩りを楽しむようにハーバーが矢を射かける。
「最高のアトラクションだな。シューティングゲームなどの比ではない」
また鋭い矢が飛来し、ザックとガリーは通路の仕切りの陰に隠れる。振り向くと、オイラーたちが溜まり場にしていたバーがある。
「スツールを倒しながら、カウンターの陰に入りましょう」
「わかった」
ザックが仕切りの陰から顔を出し、ハーバーに矢を1発撃たせた直後に、2人はバーにダッシュする。スツールを次々引き倒しながら、カウンターの後ろに隠れた。
「頼りない防衛ラインですが」と言いながら、ザックは、
「“
通路に転がったスツールが一斉に浮かび上がり、天井に張り付く。
「また無駄なことを」
ハーシェルは、通路の天井をタクトで指した。
「“コールド・サン”」
途端に天井が爆発し、スツールが通路に叩きつけられる。
ハーシェルは、さらにザックたちが潜んでいる場所の天井にタクトを向けた。再び、天井が爆発し、飛び散った建材が2人を激しく打った。天井に開いた大穴の奥から、凍って裂けた大径パイプが覗いていた。
「船の屋内の天井や床、壁の中には多くの水道管が通っている。そして、我々はシグノーラのドックインの際に船内の詳細な配管図を手に入れている。
逃げ場はどこにもないんだよ」
ハーシェルが含み笑いで通路を進みだす。
「このまま2人で固まってたら、ダブルプレーでゲームセットだ。二手に分かれよう」
ガリーが提案し、2人はバーカウンターから飛び出した。ハーバーが矢を連射してくるのを慣性解除と傘で防ぎ、通路の分岐で別れる。
ザックは、従業員用のドアを潜って、クルーエリアに入った。それを見て、ハーバーがすぐに後を追う。
クルーエリアは電源が落ちていて、非常灯だけが点き、薄暗かった。
ザックは浦瀬に案内された時と同じようにリクリエーションルームを抜け、食堂に飛び込んでテーブルの下に潜り込んだ。ハーバーの靴音が聞こえてきたが、食堂に近づくと、急に音が途絶える。ハーバーが食堂に入ったかどうかも定かではない。
ザックはテーブルから首を伸ばし、壁際や食堂内に置かれた什器類に目を凝らした。
その時、ハーバーは食堂のテーブルを回り込み、ザックの横手に潜んでいたが、ザックの頭のシルエットが数メートル先のテーブルから覗いているのに気付いた。ザックはそのテーブルの陰からこっそり抜け出ようとしていた。
ハーバーはほくそ笑み、ボウガンを構えながら素早く立ち上がり、ザックめがけて矢を放った。
が、それと同時にザックが単原子傘を目いっぱい開いて、
「“カウンター・リアクション”!」
傘が弾き返した矢が、ものの見事にハーバーの胸に突き立った。
刺さった矢を愕然と見下ろすハーバーに、ザックが涼しい顔で種明かしする。
「私は1度この食堂に来たことがありましてね。壁の鏡やガラスケースがどこにあったかも全部記憶しています。その鏡面に映り込んだあなたの動きは丸わかりでしたよ。
ご自慢の麻酔剤はいつ効果を現すんです? 早く中和剤を使った方がいいんじゃないですか?」
だが、ハーバーはニタリと笑った。胸に刺さった矢を抜こうともせず、
「もちろん即効だよ。少々暑くなってきたな」
おもむろに軍服のボタンを外し、胸から矢を引き抜いて上着を脱ぐ。すると野球のアンパイアが着けるような薄手のインナープロテクターを裸身にまとっている。
「お前がそのロゴスを使ってくることは想定済みだ。抜かりはないさ」
そして、「貴重な衣装に穴を開けおって」と毒づきながら、そばのテーブルに丁寧に上着を置く。
一方、ザックも笑顔を消さなかった。
「なるほど、確かに用意がいい。しかし、そんなつまらない軍服がそれほど大事ですか?」
「何だと? 栄誉あるドイツ帝国陸軍の軍服をそしることは許さんぞ!
プロイセン国王ヴィルヘルム1世を皇帝として戴く帝国軍は、精鋭にして世界最強だ」
だが、ザックは首を振る。
「兵士は精鋭だったかもしれませんが、止めるのも聞かずに、民間船まで標的にした無差別潜水艦攻撃を軍部が断行したためにアメリカの参戦を招き、戦争が長引くうちに革命が起きて帝国は崩壊した。結局は、へっぽこな軍隊だったということです」
「貴様ぁ」
「あなたがしていることもまったく同じです。周りが止めるのも聞かずに一般人を毒矢で襲い、今回は乗客を実験台にしたせいで我々を参戦させることになった。本物のハーバーだったら、こんな失態は犯さなかったでしょう。
組織の規律も守れない、あなたのようなまがい物がハーバーを名乗るとは、笑止千万です」
「まがい物だと! まがい物にエリキシルが作れると思うか? ニュートンが300年前にさじを投げた錬金薬の調合を、この私が成功させたんだ。
ニュートンもお前も、私に及ぶべくもない。この手で始末してくれる」
「また命令無視ですか、まがい物さん?」
「やかましい!」
ハーバーは怒りに震えながら、矢筒から毒矢を取り出し、麻酔矢と入れ替えようとする。
その機を逃さず、ザックは駆け出してテーブルの下に潜り込む。ハーバーは急いで毒矢を放つが、狙いは外れ、ザックの居場所も見失ってしまう。
ハーバーも体を伏せ、今度は自分も鏡やガラスケースを確認しながら、慎重にザックを探し始めた。
しかし、ザックはすでに食堂から通路に忍び出て、その先にあるランドリールームに入ろうとしていた。
そこにマリンキャッスルとの衝突の激震が襲い掛かる。ランドリールームの中に放り出されたザックは、フロアタイルに顔を打ち付けて意識を飛ばした。
ハーバーもまた、食堂のテーブルで側頭を強打し、床に崩れ落ちる。