【7】-7
文字数 2,007文字
「マイク、聞こえるか? クリスだ」
「ああ…でも今…」
マイクの声が答えるが、激しい戦闘によって電磁障害が起き、音が割れて途切れ途切れにしか聞こえない。
「フランクリンの攻撃を止めるぞ。ディスクで敵の主砲を叩いてくれ!」
「距離…てダメージを与えられない。それに…敵……攻撃を防ぐのに手いっぱい…」
「わかってる。ザック! さっき以上の波を起こして貨物船にぶつけてくれ。できれば船の舷側に平行な長めの波がいい」
ザックが戸惑い気味に、
「しかし、またハーシェルが邪魔してきますよ」
「それでいい。マイク! 敵の砲撃が途切れたらエネルギー切れになるまで電撃を撃ち込め。
やってくれ、ザック!」
激しく発光するファラデー・ケージの後方から、ザックが敵艦の位置を確認する。神経を研ぎ澄まし、敵艦の舷側に沿って海面を指でなぞりながら、
「“起潮力増幅”」
さっきよりかなり広範囲の海面が急激に盛り上がっていき、15メートルを優に超す。それが上がりきるまで上がったところで、
「“起潮力消散”!」
隆起した海面が地鳴りのような音を発しながら崩れると、大津波にも匹敵する高波が貨物船を呑み込もうとする。
だが案の定、ハーシェルの叫びが聞こえ、船腹に届く前に大津波もあえなく凍り付く。貨物船の前に山脈のような大氷壁がそそり立った。
成り行きがわかっていた船上のフランクリンは、今回は余裕だった。
「ハーシェルの力を見くびるから、同じ過ちを繰り返すことになる。やはり思慮が足りんな」
だが、氷壁がライデン砲の射線を遮っているために砲撃ができない。
「まあいい。砲身も加熱気味だから、少しの間、攻撃を待ってやろう。ほんの一時だがな。
船を動かせ!」
敵艦が微速前進を始める。
「船が氷の陰から出てくる。砲口を狙え、マイク!」
ライデン砲の巨大な金属ロッドが見えた瞬間、マイクはそこにフルパワーで電撃を撃ち込み始めた。
電光は正確にロッドをとらえたが、びくとも揺るがない。
「何度やっても同じことだ。ファラデー君、私をあまり失望させんでくれ」
クリスがライデン砲にかかっている電光に音叉を向ける。
「 “ドップラーシフト・
一瞬は、何の変化も起きていないように見えた。
しかし、フランクリンがマイクを狙ってライデン砲を起動させようとした時、異変に気付いた。金に輝くロッドが赤味を帯び始めている。
「ん? どうした。漏電でも起きたか? まるで過電流が発生しているみたいに——」
その言葉が終わらないうちに、ロッドが真っ赤に灼け、強化ガラスの砲身にビシリと一筋、亀裂が走る。
「いかん! 船を回せ! みんな、ここから離れろ!」
見る間に砲身に無数のヒビが入り、直後に破裂した。破片を浴びた乗組員たちがデッキを転がり、貨物船は爆発の衝撃に船体を傾かせながら、シグノーラから離れていく。
マイクはファラデー・ディスクを空に突き上げ、
「やりましたね! ディスクから放射された電磁波を君のロゴスで高周波シフトさせて誘導加熱したんですな。見事な戦術です!」
マイクの賛辞にクリスも大きな笑顔を浮かべ、
「ああ、ありがとう。さっきもマクスウェルをビビらせてやったぜ。
ザック、採掘マシンの方を頼む。ガウス一人じゃ…ぐふっ」
急に咳き込んで手で口を覆う。
さらに、発作のように咳が押し寄せ、指の間から大量の鮮血が噴き出した。
「クリス、どうしました!」。マイクとザックが同時に叫ぶ。
クリスは顎に滴る血を拳で拭い、
「なんでもねーよ。ただの夏風邪——ぶはっ」
再び大量喀血し、膝を折って床の血だまりに両手をついた。
そこに厚底スニーカーの靴音が近づき、息をあえがせるクリスの背中にスレンダーな影を落とす。
クリスは振り向きもせずに、背後の敵に声をかけた。
「はは、エルミンか。いいところに来やがるぜ」
エルミンは、血に染まったクリスの横顔を見下ろして、
「ハロウィンでもないのにゾンビメイク? 遊んでないで武器を拾いな」
だが、クリスはもう動けなかった。
「楽になりたいっていうなら、とどめを刺してあげるよ」
共鳴器を手に、エルミンが言い渡す。
クリスは、晴れやかとも見える笑みをこぼした。
「おう。だったらスージーQで頼むぜ。魂がぶち上がる、思い切りファンキーなナンバー…」
意識を失い、血だまりに沈んだ。
エルミンはすらりと伸びた素足でクリスをまたぎ、共鳴器のリッププレートに唇を寄せた。足下に伏した旧敵の顔を改めて眺める。
その顔は血だらけだったが、自分の務めを全うし切ったような安らかな表情をたたえていた。
エルミンはリッププレートに口を添えたまま、束の間唇を動かさず、苛立ったようにかかとを踏み鳴らす。
それから「チッ」と舌打ちし、
「くたばりぞこないに構ってる暇はない」
クリスをその場に残して走り去った。