【7】-10
文字数 1,704文字
「脈が強くなってきました。輸血と止血剤が利いてきたようです」
「よかった」と四葉も胸をなでおろす。
2人の声に、ジムのトレーニングマットに寝かせられていたダーナがうっすらと目を開けた。
「ダーナさん、気が付きましたか?」
カーラと四葉はマットの傍らに膝をついた。
意識が戻った途端、ダーナはハッと体をこわばらせて起き上がろうとするが、怪我の痛みに襲われ、再び倒れ込む。
「動かないでください! 左腕を骨折し、肋骨にヒビが入ってます」
ダーナは顔をしかめながら、
「みんなはどうなったの? あの蜘蛛——」
隣のマットに寝かされているクリスに気付いた。枕元の簡易点滴スタンドに血液バッグが吊られている。
「クリスがどうしてここにいるの! あいつらにやられたの?」
「敵の攻撃によるものではありませんが、フランクリンの船を撃退した後、大量に喀血しました。詳しく検査してみないとわかりませんが、感染症やウイルス性気管支炎、出血性肺炎の可能性もあります」
それを聞いて、ダーナは記憶を探るように瞳を巡らす。
「そうか、ポーランドの森で敵と交戦した後、変な咳が出るようになって、ポップコーンのかけらが引っかかってるだけだって冗談みたいに言ってたそうだけど…。
それで今、戦況は?」
「ガウスとザックさんが採掘マシンを止めようとしてますが、苦戦しているみたいです」
四葉の報告を聞いて、ダーナがまた起き上がろうとする。
カーラが驚いて、
「何をする気です? 今動いてはいけません」
「そうもいかないよ。あの大蜘蛛を止めない限り、多分僕たちに勝ち目はない」
「その怪我では、敵の標的になるだけです」
2人がダーナを引き留めようとした時、耳を張り飛ばすような爆発音がして、スポーツジムの奥の壁に亀裂が走り、全員その場に倒れ込んだ。
四葉は「本当に爆弾を仕掛けたのか?」と、信じられない思いで目を見張り、
「今の爆発は、あの壁の奥の方にあるユーティリティエリアで起きたようです。早くここから離れないと巻き込まれますよ!」
四葉たちは、床に散らばった救急キットを急いでかき集めてメディカルバッグに突っ込み、意識のないクリスを担架に乗せた。
「ダーナさん、歩けますか?」
慎重にダーナを抱え起こすと、副木を当てられた腕を右手でかばいながら、
「ええ、大丈夫」
歯を食いしばって痛みを堪えながら歩き出す。
「じゃあ1歩ずつ。なるべく体に衝撃を与えないように」
カーラと四葉で担架を持ち上げ、大きく揺らさないように気を付けながら出口に向かって進みだした。
だが、ドアにたどり着く前に、2度目の爆発が起きた。
爆風は奥の壁を完全に破壊し、壁際に並んでいたトレーニングマシンも吹き飛ばした。マシンの破片が矢のように飛来し、砕けた壁材の粉塵がフロアに逆巻く。四葉は爆風を受けて片膝をつきながらも、担架を落とさなかった。
粉塵が収まり、クリスを見るが、どうやら別条はなさそうだ。大きく安堵の息を漏らし、カーラを振り返った。
「クリスの方は——」
絶句した。
カーラが床に座り込んでいる。その背中には、トレーニングマシンのラックの一部と思われる大きな破片が突き刺さり、腹部を貫通していた。しかも2つも。
傷口からは大量の血があふれ出し、フロアを濡らしていた。
「カーラっ! ああ何てこと!」
折れた腕をかばいながら這い寄ってきたダーナが、口に手を当てて凍り付く。
刺さった破片はカーラに途方もない痛みを与えているに違いないが、今それを抜くわけにはいかない。そんなことをすれば、大出血が起きてすぐにショック状態に陥ることは、四葉にもわかっていた。
四葉は震える手でメディカルバッグから三角巾を取り出し、止血と破片の固定のために、それを腹部に巻き付けた。その間、カーラはきつく目を閉じて激痛に耐えていたが、三角巾を縛った時、喉の奥で声にならない悲鳴をあげた。
「少しだけ待ってください。今、輸血と止血剤を——」
メディカルバッグを探ろうとして気が付いた。
クリスの手当のために、血液バッグも止血剤もすべて使い切っていた…。