【4】-7

文字数 2,158文字

「どういうことだ? こいつら気が狂ったのか?」
 自分たちのプラントを自らの手で破壊する2人を見て、呆然と立ち尽くすガウス。設備のどこかがまた破裂し、大量の破片が飛来する。

 その時、カーラがリュックを顔の前に抱え上げて、ガウスをかばうように前に出た。鋭利な破片が、リュックはもちろん、カーラの肩や胸にも突き刺さった。
 さらに、プラントの前部が大爆発し、今度は巨大な鉄管が回転しながら飛んでくる。

 我に返ったガウスがカーラの肩をつかみ、一緒に床に倒れ込んだ。
 鉄管はうなりを上げて2人の頭上を通過し、焼け残っていたビニールカーテンを引きちぎって死の沼に突っ込む。悪臭を放つ大きな泥水の柱が立った。
「みんな伏せろ!」とガリーが声をかける。

 ガウスはカーラを突き放して怒鳴った。
「僕の前に出るなと言ったろ!」
 怒りが頂点に達したか、唇がわなわな震えている。
「ええ、でも…」
 また大きな爆発が起き、2人は両手で頭をかばいながら床に顔を伏せた。


 プラントへの攻撃は数分間続いた。破壊音がようやく止んで顔を上げると、プラントは原形をとどめないほど破壊されていた。

 灰と金屑が舞う通路の上で、ライヒが新しく咥えた煙草に火を点け、声を放つ。
「さっきは俺を挑発して、オルゴンエネルギーを使い果たすまで無駄撃ちさせるつもりだったんだろ、カーラちゃん? 残念だけど、俺はそこまでアホじゃない。エネルギーはしっかり有効活用させてもらったぜ」
 工場の外で聞きなじみのある音がし始める。

「それから、さっきはこいつをぶっ壊すのを手伝ってくれてありがとうな、ガウス君。バイト代はずむから、なんかあったらまた頼むぜ」
「いいから行くよ、時間がない」
 エルミンがライヒを急き立てる。
「はいはい、じゃあ次は2人きりでゆっくり話そう、カーラちゃん」

 扉に向かって通路を走りだす2人。
「ま、待てっ」
 ガウスがロゴスを発動しようとするが、もう間に合わない。
 外の騒音が急速に大きくなった。
 目を上げると、屋根に開いた穴から覗く空を、ドローンカーの機影が通り過ぎていった。



 破壊し尽されたプラントを後に、一行は足取り重く帰路に着いた。
 カーラが指示に従わなかったことにまだ腹を立てているのか、あるいはライヒに手玉に取られたのが悔しかったのか、ガウスは1人、先に立って橋を渡っていく。

 四葉がガリーに聞く。
「あいつらはなぜ自分たちのプラントを破壊したんでしょう?」
 ガリーが憂鬱な顔で答える。
「あれは試験用のパイロットプラントだったんだろう。あれを使って量産技術を完成させ、どこか別の場所に本プラントを作ったんだ。それでパイロットプラントは用済みになり、俺たちにエリキシルの製造法を知られないように後始末したんだろうな」

「そうか。でも、昨日この工場の調査が決まり、今朝敵がパイロットプラントを壊しに来た。妙にタイミングがよすぎませんか?」
「ああ、そうだな…」と、物思いに沈むガリー。

 一方、重田はカーラの体を気遣っていた。
「さっきの爆破で破片を浴びましたよね? 手当てしましょうか?」
「ありがとう。でも大丈夫ですよ。中に防刃ベストを着ていたので、体には破片は届いていませんから」
「よかった。それにしても、あのライヒのオルゴンエネルギーとかいうやつ、凄い破壊力だったな」

「ヴィルヘルム・ライヒは優れた精神科医で、性格分析という手法によって無意識の中に閉じ込めた問題を探り当て、その問題に向き合わせることで多くの患者を治療しましたが、やがて性欲動の解放を訴えて政治活動をするようになり、様々なトラブルを引き起こしました。
 さらに、彼は生命科学への関心を深め、オルゴンエネルギーという生命エネルギーを発見したと主張し、それを集めて治療を行うオルゴン集積器を製造・販売し始めたんです。
 しかし、薬事法違反のかどで米国食品医薬品局(F・D・A)から訴えられ、禁固刑を受けて収監されました。ライヒは仮保釈を申請しようとしましたが、その前に心不全を起こし、獄中死してしまった」

「壮絶な人生ですね…。オルゴンエネルギーは実在するんですか?」
「わかりません。禁固刑の判決が下された後、F・D・Aの執行官によってオルゴン集積器もクラウドバスターも徹底的に破壊され、ライヒの著作物もすべて燃やされてしまいましたから。
でも、その存在を固く信じているライヒの信奉者は今もいますし、さっきの偉能者がそのエネルギーを操れるのも事実です」

 5人が橋を渡り終えて対岸に着いた時、ガリーのスマホが鳴った。ガリーはしばらく相手と話した後、電話を切り、目を閉じて深々と息を吐き出した。
「榊原先生からだった。シゲが無事に我々に合流できたかどうか心配されていたよ」
「そうでしたか。でも、先生から住所を聞いたので地図アプリで何とか迷わずにここに来れました」

 重田がそう答えると、ガリーは腕を組み、暗い目で重田を見据えた。
「先生が心配されていたのは、君に間違った住所を教えてしまい、それで迷子になっているんじゃないかということだ。このわかりにくい場所に、間違った情報を頼りにどうやってたどり着いたんだね?」
「それは…」
 3人が見つめる中、重田は追い詰められた目色になる。

「俺が答えよう。それは以前、君がここに来たことがあるからだ」
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登場人物紹介

RMA内部資料 偉能者簡易データベース 

[RMAサイド(50音順)]


カーラ(カール・グスタフ・ユング)♀  *心理学系偉能者 *国籍/アメリカ

   *偉能/偉能感知、アクティブ・イマジネーション、シンクロニシティ

ガリー(ガリレオ・ガリレイ)♂

   *力学系偉能者  *国籍/イタリア  *偉能/大気レンズ、慣性解除、慣性貫徹、透視望遠鏡

クリス(クリスティアン・アンドレアス・ドップラー)♂ *音響学系偉能者 *国籍/オーストリア

   *偉能/ドップラーシフト・レッド、ドップラーシフト・ブルー、超音波キャビテーション、

    低周波内部摩擦

ザック(アイザック・ニュートン)♂ *力学系偉能者 *国籍/イギリス 

   *偉能/万有引力反転、カウンター・リアクション

シバ(北里柴三郎 実名/奥寺四葉 北都大学3回生)♂ *微生物学系偉能者 *国籍/日本

  *偉能/抗血清速産

マイク(マイケル・ファラデー)♂ *電磁気学系偉能者 *国籍/イギリス

   *偉能/ファラデー・ケージ、ファラデー・ディスク

「アカデミーサイド(50音順)]


エルミン(ヘルマン・フォン・ヘルムホルツ)♀ *音響学系偉能者 *国籍/中国?

      *偉能/ヘルムホルツ共鳴、ヘルムホルツ空洞、超音波キャビテーション

ハーシェル (フレデリック・ウイリアム・ハーシェル)♂ *熱力学系偉能者 *国籍/ドイツ?

        *偉能/コールド・サン

ハーバー(フリッツ・ハーバー)♂ *化学系偉能者 *国籍/ドイツ?

       *偉能/毒物合成

パスツール(ルイ・パスツール 実名/蓮見蒼司 北都大学准教授・休職中)♂

    *微生物学系偉能者 *国籍/日本

    *偉能/細菌変性

フランクリン(ベンジャミン・フランクリン)♂ *電磁気学系偉能者 *国籍/アメリカ

           *偉能/ライデン・ガン、遠隔電流伝達

マクスウェル(ジェームズ・クラーク・マクスウェル)♂

               *電磁気学系偉能者 *国籍/日本・イギリス

               *偉能/第2方程式、第4方程式、マクスウェルの悪魔

モンタルト(ブレーズ・パスカル)♂ *数学系偉能者? *国籍/フランス?

         *偉能/確率操作?

紫マントの男♂ *音響系学偉能者? 国籍/?

「RMA管理下・元偉能者」


烏天狗(実名/古峰玄珠)♂ *未分類偉能者 *国籍/日本

     *偉能/羽団扇、飛行能力

弓削道鏡(実名/鬼塚法真)♂ *未分類偉能者 *国籍/日本

       *偉能/式神“騰虵”、鬼相、瘴気

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