【6】-18
文字数 2,231文字
「ライヒを撃退したんですね?」と2人に声をかける。
「マイクさん! メスメルは?」
「向こうの廊下で気を失っとります。カーラ、後は頼みました。私はブリッジに向かいます」
走り出したマイクを、
「僕も行きます!」と四葉が追いかける。
マイクは四葉を見返し、
「ひどい有様ですが大丈夫ですか?」と気遣う。
「マイクさんこそ、服が上下とも攻めすぎたダメージジーンズみたいになっちゃってますよ」
2人で苦笑を交わす。
「マイクでいいですよ。よくやってくれましたね。
ブリッジに急ぎましょう」
その時、ブリッジでは、メスメルの催眠が解けた真田と浦瀬が、耳からイヤホンマイクを外し、呆然と顔を見合わせていた。
そこに四葉たちが駆け付けたが、内鍵がかかっていてドアが開かない。マイクがドアをドンドン叩き、ドアの小窓越しにブリッジの窓を指さした。
真田は窓の外を見てハッと我に返り、すぐにオートパイロットを切ると浦瀬に叫ぶ。
「
浦瀬が弾かれたように顔を起こし、コンソールのテレグラフレバーを引いてスクリューを逆回転させる。真田は操舵ハンドルを思い切り左に切った。
シグノーラはもう、SEP船の細部も見分けられる距離にまで接近していた。オイラーもようやくその正体に気付いたようで、ダーナに合わせてシグノーラを左旋回させようとし始める。
だが、この速度では恐らく衝突は免れない。
しかし、その時、船のスクリューが逆回転しだしたのが、水流の変化でわかった。
「手動操舵に切り替わった!」
ダーナは
シグノーラは、減速しながら左に急旋回。船体が外傾斜し、船尾が大きく振られてマリンキャッスルに向かっていく。が、そこで今度は舵が右いっぱいに切られ、船はS字を描くようにしてマリンキャッスルの鼻先をすり抜けようとする。
傾いた甲板でダーナがイヤホンマイクに叫ぶ。
「キャプテンが障害物をかわそうとしてるけど間に合わないかもしれない! みんな、衝突に備えて!」
そして自らに、
「“ベルヌーイ・ルール”!」
揚力ロゴスをかけて空に舞い上がった。
船尾では、ガウスがすでに乗客をボートデッキから屋内に移動させ、手すりや固定テーブルにつかまって、頭をかばうように指示していた。
だが、船尾がSEP船に急速に近づいていくのを目の当たりにして、関谷という老夫婦が衝突の衝撃には耐えきれないだろうと悟った。
「全員、急いで僕のそばに来て!」
乗客たちが慌てて集まると、
「偉能ロゴス“ガウス空間”!」
床が回転し、全員、虚数空間へと消えていった。
金鱗丸は、快足を飛ばしてシグノーラとは反対方向からマリンキャッスルに近づこうとしていた。衝突までにSEP船を
マリンキャッスルの右舷では、救命ボートを降ろす作業が急ピッチで進められていたが、海面に着いたのはまだ1艇だけ。あと2艇、残っている。
クリスたちが息を詰めて見守る中、接近しつつあったシグノーラの船尾は、真田の舵さばきでマリンキャッスルから離れ始め、ギリギリ衝突を免れたかに思えた。
しかし、シグノーラの右舷船尾がマリンキャッスルの舳先をかわし切れず、轟音を上げてぶつかる。その衝撃でシグノーラの右舷のボートデッキが潰れ、救命ボートがバラバラになって海面に飛び散った。
一方、マリンキャッスルを支えるレグも歪み、激しい揺れに見舞われる。右舷から吊り下がっていた2艇のボートも船腹に激突し、乗組員たちがボートから海に叩き落とされた。
「こりゃいかん!」
老船長はフルスロットルで金鱗丸を爆走させ、2隻の衝突が起こした波を巧みに乗り越えながら、ライフジャケットを頼みに浮き沈みしている乗組員たちのもとに急行する。
「親父さん、悪いが一瞬だけ、マリンキャッスルの乗艇はしごの下で船を停めてくれねえか?」
船長は無言で頷き、金鱗丸をマリンキャッスルの舷側に寄せていく。
「行くのか?」と坂本が聞くと、クリスは、
「ああ」と、あえて強気な笑顔を返す。
金鱗丸が舷側に吊るされたはしごの下にぴたりと停まった。
クリスは、ラジカセのストラップを取り上げ、肩から斜め掛けにする。その途端、体を折って激しく咳き込んだ。
「大丈夫か、クリス?」
坂本が心配そうにクリスの背中に手を当てるが、クリスはうつむいたまま頷き、口から離した掌をちらっと見る。
その手を握り込みながら、
「親父さん、これまでいろいろありがとな。ユウジ、親父さんと一緒に海に落ちた人たちを助けてくれ」と言い残し、乗艇はしごに飛び移った。
老船長が日に焼けた顔を皺だらけにして笑う。
「礼を言うのはこっちの方さ。魚が消えた原因を突き止めてくれてありがとうよ」
「いや…それは」
「隠さんでもいい。あんたが海洋研究の学者なんかじゃないことぐらい、とっくにわかっとる。
だが、あんたは、この海を荒らした連中とこれから戦いに行くんだろ?」
「ああ…」
「だったら、長浜の漁師は全員、あんたの応援団だ。
死ぬんじゃないぞ。海に魚が戻ってきたら、みんなが獲ったイサキを腹いっぱい食わせてやるから」
老船長は金鱗丸を急発進させて、落水者の救助に向かった。