【7】-3
文字数 1,200文字
少し離れたところからまた別の脚が現れる。その脚の先には、ギザギザの歯があるショベルバケットが付いていた。手すりにバケットを引っかけ、先端が外れないように桟の間に深々と歯を食い込ませる。
手すりに途方もない重量がかかり、頑丈な鉄柵がみるみる歪み始める。悲鳴にも似た金切り音が響く中、2本の脚の関節が折り込まれ、巨大な本体がせり上がってきた。
まず6角形の管がびっしり生えた腹が視界に広がり、その腹の脇から出ている何本もの脚が次々に手すりにかかる。最後に手すりを完全にひしゃげさせながら、掃除機のダストボックスのような尻が甲板に上がり込んできた。
その姿は頭の潰れた蜘蛛そっくり。全身、防蝕用の黒染めメッキを施されたボディが周りの熱を吸い取り、水滴と冷気を垂れ流しながら、左右の投光レンズを別々に動かして、赤いセンサーレーザーであたりを走査する。
「こいつは何だ?」
眉を吊り上げるガウスにクリスが答えて、
「自走式採掘マシンだ。マクスウェルが操って海底で“塩”を掘り取ってた。マリンキャッスルのレグを這い登ってきたんだ。図体はでかいが脚の動きは速いぞ」
巨大蜘蛛のセンサーがガウスとクリスをとらえた。3本爪の脚を瞬時に横に振り上げて、2人を薙ぎ払おうとする。
爪をかわすべく、クリスが腰を落とすが、ガウスは動かない。
「こいつもクレーンと同じさ。
“曲率増大”!」
振り下ろされようとしていた蜘蛛の脚の関節がロゴスで曲がり、軌道が変わろうとする。
が、そこに新たなロゴスが放たれた。
「“多面体定理=2”!」
関節が真っすぐ伸び返して、鋼鉄の爪が襲いかかった。
クリスが慌ててガウスを突き飛ばし、自分もデッキに転がる。間一髪で爪が空を切った。
ガウスは、ずれたメガネをかけ直し、
「あいつのロゴスで変形を戻された」と、薄笑いを浮かべているオイラーを睨みつける。
クリスがガウスを引き起こしながら、
「こりゃマジでキツイな。こうなりゃ奥の手を出すしかねー」
「奥の手?」
「全速ダッシュで逃げる。行くぞ!」
クリスはガウスの腕を取り、シグノーラに向かって走り出した。
エルミンがドローンカーから飛び出してきて、
「逃がすか!」
共鳴砲を放つ。
クリスは振り向きもせずに、後ろに音叉を突き出した。
「“ドップラーシフト・
音撃を抑え込まれたエルミンが、血気にはやって駆けだそうとするが、後から降りてきたマクスウェルが、
「まあ急ぐことはありません」と引き留めた。
ドローンカーに手で合図すると、ローターがうなりを上げ、マリンキャッスルから離艦していく。
「僕はショートパスタとポテトをじっくり煮込んだパスタ・エ・パターテが好きなんですよ」
蜘蛛を従えて、マクスウェルはゆっくりと歩きだした。