【６】－２

　浅井がフロントに事情を話してマスターキーを借り、全員で幽霊の棲む場所に向かう。途中、ザックがRMAからの報告の詳細を浅井に伝える。
「——ほんの2カ月前に病院で亡くなったそうです。入院したのはもっと前らしいですが」
「それは確かなんだな？」と浅井が念を押すと、
「奥さんがまだご健在だったので、直接話を聞き、除籍謄本の写しも見せてもらったそうです。一昨日、興信所の調査員が来て、同じことを聞いていったといいます。
　多分、小田島さんが調べさせたんでしょう」
「じゃあ、我々が見ていたのは一体…」
　答えが出ないうちに、幽霊の部屋の前に着いた。

「そこにマークが！」
　ダーナが指さしたドアの下に例のマークが描かれている。
　全員がそれを見て、キャビン番号に目を移した。

7716——佐伯老人の部屋。

　浅井が大きく息を吸い、カードリーダーにマスターキーをかざした。
　ドアを開けると、部屋の中はこれから客を迎えるかのように整然としていた。伏せて置かれたグラスは洗い立ての輝きをたたえ、ベッドはシーツの端がきちんと織り込まれて皺一つない。バゲージラックもクローゼットもすべて空っぽだった。

「ここに誰かが泊まっていたとは思えない…」
　浅井が悪い夢でも見ているような面持ちで呟く。
「でも僕は、彼が誰かと言い争っているのを確かに聞いた…」
　ダーナが浅井と同じぐらい困惑しながらも、反論するが、
「言い争っている相手の姿は見たのかい？」と問われると、
「それは見てないけど…」と口ごもる。

　浅井が肌をそそけ立たせて辺りを見回し、かすれた声で囁いた。
「ここに泊まっていた誰かが7人目の犠牲者になったのか、それとも佐伯老人自身が7人ミサキだったのか…。そういえば彼、7人がミサキになった後、この船は沈められると言ってたな…」
　だが、ザックは強く首を振る。
「もうあんなデマに惑わされちゃいけません。先生もご覧になったからおわかりでしょうけど、あの老人は絶対に生身の人間でしたよ。誰かが佐伯老人に成りすまして狂言を演じていたに違いないんだ。
　キャビンクルーがここにベッドメイキングに入ったのなら、そのクルーに確認してみれば——」

　突如、警報のような大きなブザー音が2度、船内に響き渡った。それに続いて、浦瀬の声が耳を疑うアナウンスを流し始めた。

「乗客の皆様、落ち着いてお聞きください。クルーズ運営会社より、この船に爆発物を仕掛けたという匿名電話が入ったとの連絡がありました。
　悪質ないたずらだと思われますが、警察による確認が取れますまで、お客様方には一時、ご退船いただかなくてはなりません。クルーが速やかに皆様を誘導いたしますので、どうぞ慌てず落ち着いてクルーの指示に従ってください」
　確かに浦瀬の声だが、緊迫した状況のせいか、どこか機械じみた響きがあった。
「なお、お客様の誘導が済み次第、クルーも全員、船から退避するように」

　アナウンスが終わるや否や、船に残っている乗客のキャビンのドアが次々に開き、廊下やエレベーターホールが足音とわめき声であふれかえる。慌てず落ち着いている者など1人もいなかった。

「今のアナウンスは本当ですかな？」
　マイクが太い眉を逆立ててザックを見る。
「真偽はわかりませんが、キャプテンと１等航海士が、一連の事件と何らかの形でつながっていることは間違いない気がします。そして、恐らく失踪した人たちを救い出す時間があまり残されていないことも。すぐに２人に会って真相を確かめましょう！
　浅井先生はターミナルに向かってもらえますか？　この騒ぎで怪我人が出るかもしれませんから」
「ああわかった。ハーバーも乗っているということだから、君たちも十分気をつけてくれ！」