オオシマ・ジンの 尋常ならざる夕方5時(ループ・ゼロ・アワー)<下>

文字数 4,572文字

TRY:6→TRY:9
その後も何度も失敗して、公園で「そいつ」と対決してもうまく行かないことが分かってきた。
おれの身に何かが起こる時には、どういうわけか本当に怖いことが起こる前に夕方5時に戻れるので何とかやり直しを続けていられるけれど、そうでなかったならやばかったかも。
まず、公園で追いかけられたら絶対に追いつかれる。近くにある友達の家に逃げ込もうとしたけれど無理だった。隠れても見つかった。エージたちを置いて先に公園を出て、遠回りをして家に帰るのもダメだった。これをやってしまうと、エージがおれの身代わりになってしまうのだ。
皆を引き留めて遊びを延長して、親が迎えにくるのを全員で待つというのもやってみたけれど、それも失敗した。親が迎えに来れないやつがいて、先に帰ったそいつがおれの身代わりになってしまうことが分かった。
何が何でも「そいつ」の注意をおれに引き付けた上で切り抜けなければこのゲームは終わらないのだ。きっと。

  



今回が9回目になる。
ここから抜け出すためにやっていないことはまだ何かあるだろうか? それはいくらでもあるようにも思えたけれど、それが何かというとうまく言えないし、実際におれができることとなるとすごく限られてしまうように思えた。

「えー? ジン君。まだ水鉄砲であそぶのぉ?」

チャイムが鳴ったというのに、再び水場に行ってウォーターガンに水を詰め始めたおれを見て、マサトが不思議そうな顔をした。そうだ。おれにはこれ(ウォーターガン)がある。今回はこれを使おうと思って水を入れたのだ。これを使って、後は……。
水でいっぱいの水鉄砲は、一緒に帰るエージたちにも変な目で見られた。ひょっとしてここで俺たちを撃つつもりじゃないだろうな? とからかわれた。まさか。そんなことには使わない。
エージたちと別れた後、おれは走った。例の車にあとをつけられている気配を、おれは公園を出た時からずっと感じていた。猫神社の前まで来たとき、おれは覚悟を決め、そこを通り過ぎずに小さな鳥居をくぐって境内に入り、社の影に隠れて水鉄砲を構えた。境内を囲むコンクリの壁の上にいた猫たちはびっくりして逃げていった。
それから少しして神社の前に車が停まった。例の車だ。そこから「そいつ」が降りてきて、こっちにくるのがわかった。予想通り。きっとこうなるってわかっていた。

「うわああああ!」

「そいつ」がこっちを覗き込んだ瞬間、決めておいたとおりおれは大声で叫びながら、ウォーターガンの銃口を「そいつ」に向けた。「そいつ」をめがけて何度も水の弾を打ちながらおれは叫んだ。

「うわああああ! 助けて! 助けてぇ!」

このあたりは道が細くて人通りは少ないけれど、家は沢山あるので大きな声で叫べば誰かが助けに来てくれると思った。

「うわああああ!」

けれどどうしてだ? 誰も家から出てこない。カーテンの隙間からこっちを窺う様子すらない。おれがこんなに一生懸命戦っているのに、助けてと叫んでいるのに、みんなは、この辺に住んでいる大人たちはどうしておれを無視するんだ? なんでこんなに無関心なんだ?
ウォーターガンのタンクはあっという間に空になった。
ああまた失敗だ……! そう思った瞬間「そいつ」の手がおれに伸びて、おれの意識はまた真っ暗になった。


TRY:10

  



「ジン君、元気なさそう……。どうしたのぉ?」

おれがよっぽど暗い顔をしていたせいだと思う。マサトが心配そうな目でおれの顔をのぞきこんでいた。
大人たちに助けてもらえると思ったのに、駄目だった。助けてと叫んだのに無視された……。そんなことを経験したあとだったから、マサトのやさしさが変に心にしみた。

「なぁマサトぉ?」
「うん?」
「マサトはさぁ。帰り道とかで危ない目にあったら……やばいやつに遭ったりとかさ。どうする?」

うーん。とマサトは少し考えて、こう教えてくれた。

「『不審者』とか『助けて』とか言っても、周りの大人は助けてくれないっていうよ」

「不審者」......マサトはたまに難しい言葉を使う。その意味は「こっちに絡んでくるなんか怖い感じの人」だとか言ってた。あとは「良くない目的で怪しい行動をしているように見える人」といえるかもしれない、とも。
ともかくも、助けを呼んでも無視されてしまうのはなぜか。マサト曰く子どもが「助けて」と叫んでいても、無関係な大人からはふざけていると思われて無視されがちなのだという。大人が叫んでも無視される時があるらしい。

「そうか」

じゃあ、どうすればいいんだ? その、不審者に出くわしてしまって助けてほしい時には。 

「人を巻き込めばいいって聞いたことがある。起こっていることが自分と関係ないと思わせなければいいって……。例えば……」

……。
「助けて」の代わりに何を言えばいいのか、マサトは具体的に教えてくれた。その時マサトが教えてくれたこと……そこにこの無限ゲームからの出口があるように思えた。おれは頷いて心を決めた。
教えてもらったついでに、マサトのウォーターガンを今日一日貸してもらえるよう頼んだ。マサトは「ジン君の元気が出るならいいよ」と言ってくれた。おれは、自分とマサトの両方のウォーターガンを水で満たした。
エージたちと途中まで一緒に帰り、別れたあとは猫神社まで走る。そして鳥居をくぐって猫神社の境内に入り、社の陰に身を隠す。境内を囲むコンクリの壁の上にいた猫たちはびっくりして逃げていった。
「猫神社」に入ってしまえば逃げ場がない。この小さい神社は袋小路のようなものだ。そういう意味では危険な場所だということはわかっている。でも、ここに来ることで、「そいつ」の車に引きずり込まれるまでの時間を稼ぐことができているように思った。
さあ来い。
おれはウォーターガンを構えた。まずは自分のやつ。マサトのは予備だ。
少しして神社の前に例の車が停まった。
車から「そいつ」が降りてくるのがわかった。
おれは深く呼吸をして気持ちを落ち着けた。これからやろうとすることを100パーセントやりきるために。

「うわああああ!」

「そいつ」がこっちを覗き込んだ瞬間、おれは大声で叫びながら、ウォーターガンの銃口を「そいつ」に向けた。「そいつ」をめがけて何度も水の弾を打ちながらおれは叫んだ。
マサトから教えてもらった通りに叫んだ。

「火事だ! 火事! 神社で火事! 消防車を呼んでください! 誰か!」

家の近所で火事がということになれば、それを無視すれば困ったことになるのだから、大人は見に来るということらしい。嘘をつくことになるが、自分の身に危険が迫っていているならば背に腹は代えられない。嘘で身を守るのも仕方がないのだとマサトは言っていた。
おれは「火事だ!」と叫びながらウォーターガンを撃った。撃ち続けて空になったので、マサトから借りたやつに持ち替えて、さらに撃った。「今回」は失敗に終わらせない。時間を稼いて成功させる。そのために借りたウォーターガンだった。

「火事だ! 誰か出てきてください! 早く!」

届いてくれ! この近所の誰でもいい。誰かに届いてくれ! 

その時、ガチャリと音がして神社のはす向かいにある家の門扉から50代くらいの女の人が顔を出した。その他の家も、窓を開けてこちらを覗いたりし始めた。「そいつ」はそれに気付いて神社を飛び出し、車に乗って逃げ出した。

「何? 火事? どうしたの? さっきの人は何?」

その女の人がびっくりした顔で聞いた。

「すみません! 助けて下さい! 怖い人が出ました! 今車で逃げた……」
「ええっ?」

女の人は事情を察すると表情を引き締めて頷き、通報するわね、とポケットからスマホを取り出した。
おれは伝えた。このゲームから脱出するためのキーワードを。
それは何度も繰り返し「そいつ」と遭ってこの目に焼き付けたパスワードだった。

「車の色は黒。ナンバーは――!」


EXIT
そして「そいつ」は捕まった。
まず「猫神社」から逃げたとき車がかなりのスピードを出していたらしく、早々に速度違反で捕まった。夕方のパトロールに出ていたおまわりさんがキャッチしたらしい。
で、捕まえてみたらその運転手はずぶ濡れ(おれがウォーターガンで撃ちまくったからだ)だの、車のナンバーが通報されたやつと一致しただの、車の中を調べてみたら怖い感じのものが見つかっただの、極めつけはカメラ……最初に「そいつ」に遭って、車の中に引きずり込まれたとき、おれが暴れて蹴飛ばしたやつだと思う……に「公園で遊んでいたおれたちを狙っていた証拠」になるような写真が沢山残っていただの……。どうにも普通でない感じで、そのまま帰すわけにはいかないということになったらしい。
世の中には本当にヤバいやつがいる。そしてヤバいことが起こる。今回はそれが良くわかった。

おれもおまわりさんに事情を聞かれた。うまく大人に助けを求めたことと、車のナンバーを覚えていたことについては褒められた。でも、子どもにしてはあまりに手際良く動いたせいか「話を盛っていないか? 何か隠していないか?」みたいなことは言われた。
正直隠していることは、ある。それは、何度も失敗して、何度も夕方5時に戻りながら、いまここにたどり着いたことだ。でもそれを信じてもらうのは難しい。だからこれは言わない。


******


ジン君がおれにここまで教えてくれたのは「マサトのおかげでクリアできた」かららしい。「マサトのおかげでこれが無限ゲームだってことに気付いたし、クリアのきっかけもつかめた」からだとか。
そう言われても、おれが覚えていることはジン君に「『火事だ』と言って人を呼べと教えたこと」と、「ウォーターガンを貸したこと」だけだ。その他については何とも言えない。
そもそも、ジン君の話してくれたことは本当だろうか? と怪しく感じたりもする。でも、ジン君の言う通りのことが起こっていなければ、ジン君はあれほど鮮やかに窮地を切り抜けることはできなかったように思う。失敗をもとに作戦を練り上げ、準備も万端……。連れ去り未遂犯もあの反撃には驚いたんじゃないだろうか。だからおれはジン君は嘘を言っていないように思うのだ。

そして、ジン君の経験したこと、言ったことが全て本当だったと仮定した上で、おれはときどき想像する。ひょっとしてどこかに「ジン君が失敗した先の未来」がいくつも存在していて、その世界で「おれ」が「その後」を生きているところを。そんなことがありうるだろうか? いま、こことはちがういま、そしてここ。……想像すると怖くなる。

で、あれから何年も経った今どうしてこんなものを書いているかというと、ジン君が

「夏休みの自由研究で一緒にプログラミングをやらないか? 例の事件をネタにした防犯ゲームを作るんだ。覚えてるだろ? あの事件。選択肢とフラグで話が変わったり、進め方を間違えるとゲームオーバーになったりするゲームにするのな」

などと持ち掛けてきたからだ。そのゲームのシナリオを整理するために書いているのだ。
ちなみにジン君によると、原案・監督がジン君で、その他全部はおれがやることになっているらしい。

なんだそれ。やれやれという感じだ。
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