美鈴(ベル)の完璧な世界㉕

文字数 3,585文字

ほんの一瞬で教室の中がぐちゃぐちゃになって、起こったことがショックすぎて、わたしもみんなと一緒に崩れ落ちそうになった。でもできなかった。
山田みどり、あんたの目を見たからよ。見て分かっちゃったから。ああ、あんたか! って。

「これ」

何が何だか分からない、どうすればこんなことができるのかも分からない、安っぽい漫画みたいな「これ」

「これ」をやったのはあんたね。
いや、「これ」だけじゃないな。前にエリちゃんのヘアゴムが切れたことがあった、それもきっとあんたがやったのね。そのあと教室で次々起こった不自然なこと、それをやったのもあんたね。もっと前、低学年のとき、教室のものが次々勝手に壊れたことがあった……あれは先生が怒るせいだってみんな言ったけれど、本当はあんたがやったのね。癇癪起こして暴れるガキみたいにさ。しかもあんたがやったのに、そのときの流れで先生のせいにしたってわけね。
そう気づいて、ふざけんじゃないってなって。頭の中がカッと熱くなって、でもサッと冷えて。そうしたらガタガタしていた膝に力が戻ったのよ。

山田みどり、さっきエリちゃんがあんたを詰めていたとき、エリちゃんが何て言ったか、あんたは覚えてる?

「自分は頭が良くて特別だからそんな風でも許されるってか? 当たり前のことができなくてもオッケーってか? 頭が良いのにみんなと同じにできない自分は可哀想だから理解しろってか?」

ヴァーカ! ホント馬鹿!

わたしはあれを聞いて泣きそうになった。エリちゃんの声も震えていた……きっとあんたは気づいてなんかいなかったろうけれど、エリちゃんも泣きたかったんだよ。エリちゃんだってさ、好き放題言ったりやったりしているように見せてるけれど、実は全然そんなことないんだからね。あれは、エリちゃんが言ったことは、エリちゃんがあんたを気に入らない理由であると同時に、わたしがあんたを気に入らない理由のすべてだ。

山田みどり、あんたは恵まれているのよ。確かに前はいろいろあったよね、学校にギリ居られるか居られないかみたいなことが。でも、アサヒちゃんに助けてもらったりで何とかなって、学校も味方につけて、何なら物凄くうまくいって、少なくとも今は、わたしたちには手に入らないものを持っている。しかもあんたが持っているものは、世の中から見て「すごく価値がある」。偏差値や学歴でわかる頭の良さとか、顔の良さとか。それを手に入れようと、皆沢山のお金を払って、努力して、頑張って頑張って……何とか自分のものにして「勝ち組」になるために必要なものなんだ。それをあんたは持っているのよ。生まれつきにね。しかもさ、うまくできないことについては、許してもらったり多目に見てもらったり、別の誰かにやらせたりして、うまいこと逃げて、得意なことだけに集中してさ。

メイちゃんはあんたのこと「いい中学にいってもあんな感じじゃ先が無いよ」って言う。――どうなんだろうね? こういうことについて分かっているメイちゃんが言うことだから、そうなるのかも。でもね、わたしは思う。あんたは案外うまくいっちゃうんじゃないか? そのまま、限られた人しか行けない学校に行って、限られた人しか就けない職業を手に入れるんじゃないか? 受験でうまいことやればそっちのルートに乗れて、勝ち組まで最短距離で行ける……それが世の中の仕組みじゃないか? って。多分メイちゃんも実は同じように思っているんじゃないかな。山田みどりはそのルートに乗るだろうって可能性を否定できないでいると思う。で、そのルートに乗ってあんたがなりたいものって何? ああ、「美しすぎる古生物学者」とか? ……ハハ! ウケる。でもそうなったら、あんたはさぞかし世の中からちやほやされるだろうね。ユウガ君みたいなのがあんたの周りに群がるだろうね。だから腹が立つのよ。あんたが得意なことだけやって、「全部」、「全部」、持ってくつもりだっていうんだから。わたしも、メイちゃんも、それからもちろんエリちゃんも嫌な気分よ。わたしたちはアサヒちゃんみたいな優しい子じゃないから、あんたの味方になんかならないわよ。

それほど恵まれているのに、「みんなと同じにできない自分は可哀想」だっていうの? 「みんなと同じにできない自分」ばっかり強調して、それにしがみついて……そういうアピールを繰り返すの? そして、挙句の果てに「これ」? みんなに囲まれて、どうしたらいいか分からなくなって、癇癪起こして全部ひっくり返したってこと? 狂ってる。ウケる。

……ふざけんな! ああ、ふざけんな!


///


あ、倒れなかった。安藤美鈴は倒れなかった。

安藤美鈴も他のやつらと同じようにしゃがみ込んで泣くかな? と期待したけれど、そうはならなかった。しゃがみもしないし泣きもしない、ただじっとこっちを見ている。え? 睨んでる? 何だ、ああ、ますますつまらないことになった。今までで一番大きな力を使って「コピペ」をしたのに。ここにいるやつら全員の度肝を抜いてやろうと思ったのに全然だ……肝心の安藤美鈴がこれじゃあ。取り巻きをびびらせたって仕方がないのに。――本当にくだらないな、この力。鼻血も出るし……止まらないし。

色々試してみたけれど、「コピペの力」に人を巻き込むのはやっぱり難しいんだ。例えばパーカーの紐を、それを着ている人の首に巻き付けたいとする。そういう自分の想像を、目の前に「コピペ」して実現しようとする。その場合、パーカーの紐がどう動くかだけではなく、巻かれた人がどう反応してどうなるかも想像しないと「コピペ」は成らない。想像して、「当然こうなる」ってところまで納得してようやく成る。だから当然「パーカーの紐を首に巻きつけることはできない」。

「コピペの力」を使って実現したいことが、大きくなるほど、複雑になるほどに、難度は増す。「コピペ」の難しさを跳ね上げる要因は、やっぱり人だ。人が関わることで、物事の複雑さは増していく。発生させたい物事を頭の中に想像するために、考えなければならないことが一気に増える。人が意識して動く部分、意識せずに動く部分、両方考えなければならないからお手上げだ。走っている安藤美鈴の足を引っかけて転ばせるのことも、バスケットボールのゴールを安藤美鈴の取り巻きに向けて倒すこともできない。無理だ。ちなみにヘアゴムを切るのはすごく簡単だ。ゴムをピッと伸ばして、切って。その以外のことは考えなくてもいい。わたしが働きかけるのはゴムに対してだけ。それだけで「成る」し、その後に起こることもどうってことない。個別指導塾の講師の眼鏡にノートを当てたのも同じだ。わたしが働きかけたのは、ノートと講師の眼鏡に対してだけ。……でもその後、講師がキレたのは、あれほどキレたのは……、そうなることをわたしは想像していただろうか? 

……ムカムカする。すごくムカムカする。顔は鼻血でヌルヌルするし口の中も鉄の味がする。「そうなること」をわたしはわかっていたのか、わかっていなかったのか、「何かをする前に見通しを立てましょう」と社会スキルの教室では習った/けれどわたしはそうなる見通しをちゃんと立てていたかわかっていたかわかっていなかったのか/見通しを立てずにやらかした/のか

やらかしたのか/あいつら/が安藤美鈴の取り巻きがわたしのことを「アサヒさんがいないと何もできないやつ」だって言っていることは知っているそれでわたし/がアサヒさんと違う中学に行くのなら/アサヒさんがわたしの世話をせずに済んで楽になる/からいいじゃないかって言っていることも知っているそう言って/ゲラゲラ笑っている/のをよく聞くそうだわたしはアサヒさんがいなくても/

/アサヒさんがいなくてもどうにかしてユーシ君やかおりん先輩のいる世界に/行かなきゃそこで生きなきゃ

/でもわたしはやらかすやらかし続ける今もやってしまったこの教室は誰が片づけるんだろうか? もうぐちゃぐちゃだ泣いている奴/だけじゃなくて吐いている奴までいる安藤美鈴はわたしを睨んでいる/けれどこの後どうなるんだろうか? どうなる? どうなる? 口の中は鉄の味/いや/わたしはやっていないこんなことは/「普通」/できないできるわけがない「コピペの力」なんて存在しないそれが/「常識」/で/「普通」/だから



でも安藤美鈴は気が付いた。わたしが「これ」をやったことに。
本当に鬱陶しい奴。わたしにできないことが何でもできるくせに、それだけでは足りなくて、わたしがどれだけ「みっともなくて」「できない」か、嫌と言うほどわからせようとしてくる奴。
そのきれいな顔に傷をつけてやりたい。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み