美鈴(ベル)の完璧な世界②

文字数 2,482文字

「えーと、山田みどりですよろしく」

山田みどりは変わり者の女子だ。自己紹介もこの通り早口で素っ気ない。
変わり者の程度はこのクラスで1位か2位を争うほど。つまり相当、ということだ。

まずみどりは頭がいい。特別にいい。見たものはすぐに覚えて、そこに隠された法則に気付く。聞いた言葉は長いものでも復唱できる。口頭で伝えられた長い計算式を解くことができる。そう。みどりは他の子どもたちとは違う領域に住んでいるのだ。でもそのせいか授業中は大体意識が「別の世界」に飛んでいる。話し方は取っ散らかって要領を得ない。もの凄い偏食で給食はほとんど残す。食べるように言われたら教室から逃げる。そんなことばっかりだったので、低学年の頃は担任の先生によく叱られた。あまりにトラブルが多かったから「この子には何か問題があるのでは?」と疑われ、3年生に上がる前に検査を受けた。でもそれで明らかになってしまったのが「逆の意味での特殊さ」だった。
このことは、皆に知られてはいない。学校の先生だけが知っていることだ。
でも、そういうものは伝わる。隠していても気付く子は気付く。いつの間にか先生がみどりをあまり叱らなくなったこと。みどりの悪いところを責める代わりに良いところに注目するようになったこと……。それで察する。みどりには「何か」がある。「何か特別なもの」が。

みどりの興味関心の対象はいまのところ「宇宙」と「古生物」だ。だいたいその間を行ったり来たりしている。授業中に意識を飛ばしている先も、大体そのあたりだ。興味があるものには徹底的にのめり込む子なので、某大学の「生涯学習センター」が一般の大人向けに開講する「古生物講座」に顔を出したこともある。偉い先生が一般人向けに最近の発見や研究の成果を話してくれるアレだ。最年少の聴講生として席に座って、熱心に話を聞き、質問し、周囲の大人たちに溶け込んだ。学校での様子とは大違いだ。「宇宙」についても似たような状況で、充実している。
そのかわり、世間の流行や恋愛、自身の見た目にはほとんど興味がない。服装はいつも同じような感じ。黒いTシャツとカーキのカーゴパンツを身に着け、寝ぐせの残った髪を一つに束ね、茶色いランドセルを背負って登校する姿は工房に出入りする職人のように見える。そのくせ顔立ちは日本人形のように涼やかで、めったに見ないほどバランスの取れた顔立ちをしている。

クラスで一番好かれている女子は誰かと問えば、それは美鈴だということになる。誰からも好かれる美鈴。みんな美鈴のことが好き。表向きにはそうだ。
でもこれまでみどりと関わってきた子たちのなかには、

「みどりさんには表裏がない」
「わかりやすくて嘘がない」
「ベルさんよりも、みどりさんの方が一緒にいてラク……」

と、ひそかにみどりを好いている者も、それなりにいるだろう。
例えばみどりと似たところがあるGEEK系の子たち。美鈴のようなしっかりしすぎた子と関わると疲れてしまう子たちの中に。
興味が持てないことには関わらない、というのは嘘をつけない無器用な性質のあらわれで、それは人間関係についても同じことが言えたのだ。みどりはお世辞を言わないが嘘も言わない。興味のない相手には関わらないから悪口もない、たまにぽろっとキツイことをいうけれどまあそれは仕方のないこと、ぽろっと言ってすぐに忘れる……っていうか、みどりさんは他人に興味があるのかな? ひょっとしたらないかも、とクラスメートのアサヒは思う。恐竜や星探しに興味があるのは知ってるけれど、人については好きとか嫌いはないんじゃないか。安藤”ベル”さんの自己紹介だって、これまで何度も聞いているはずなのに記憶に残っていないのは、みどりさんは安藤さんにも「美女と野獣」にも興味がないからなんだろうなと。アサヒはみどりとずっと同じクラスで、これまでみどりが学校と、その時その時のクラスメートとどう関わってきたのかを把握している。今年で6年目の長い付き合いで、その間の全部を見てきた。

アサヒ自身はクラスの「どっちともつかない」位置にいる。美鈴とそのグループの子らに話しかけられれば普通におしゃべりをする。休み時間に誘われれば一緒に校庭に出る。でもそのグループに入るわけではない。その理由はやっぱり「疲れる」からだ。何だかよくわからないけれど疲れる。一緒にいればクラスの大きなグループに関わっている安心感を持てるけれど、ついて行けない、とも感じる。彼女らは、先生にニコニコと愛嬌を振りまいた後で、その姿が見えなくなった途端にその悪口を言ったりするから、関わっても関わらなくても嫌なことが起きそうで怖い。だからほどほどに付き合う。
そういう子はアサヒだけじゃなく数人いる。みどりと交流しているのは彼ら彼女らだ。その子たちはうっすらと、でもいい感じにみどりと関わっている。何かのタイミングでひとことふたこと言葉を交わす。先生が大事な説明をしている時にみどりの意識が別の世界に飛んでしまった時は、さり気なく助け舟を出す。「みどりさん、次の体育は校庭から体育館に変更だって!」という具合に。
助け船を出してもらっても、みどりは「ああ……」という感じで、お礼を言うことはまずない。でもみどりに関わる子どもたちは、その辺をなんとなく分かっている。「みどりさんって、こういう子だよね」「こういう子だけど、悪い子じゃないよね」と。みどりに邪気がないことをその子たちはわかっている。
だからみどりはクラスで孤立せずにいられる。学校に通い続けることができる。

でもそれを面白く感じない子どももいる。
美鈴だ。

(あんな失礼な子のことを、先生もみんなもなんで許しちゃっているんだろう)
(ママが言ってた。あの子のお母さんもあんな感じってこと、変わり者の困った親子だってこと、親切にしたってしょうがないってこと、みんな知らないんだ、嫌になっちゃう)と。

ここ数年美鈴は思っている。呪いのように念じ続けている。みどりがみんなから嫌われて、先生からも見放されて、本当に独りぼっちになってしまえばいいのに、と。
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