美鈴(ベル)の完璧な世界⑭

文字数 3,446文字

三人はやがて美鈴が住むマンションの前までやってきた。美鈴はいつもどおり、じゃあまた明日と手を振ってエントランスに入っていった。
美鈴を見送ったあとで、サラちゃんは溜め息をついた。

「アサたんごめん。発表会の写真、アサたんもみどりさんもすっごく映えてたから、みんなに見せたのに、そのせいでややこしいことになっちゃったかも。あれをしなければ、こんな変なことにならなかったかも。ウチ、後悔してる」

サラちゃんが突然謝ってきたことにびっくりしながら、ううん、違うよサラちゃん、あれはみどりさんに起こっていることの原因のひとつに過ぎないと思う、そんなことをアサヒはサラちゃんに伝えた。確かに最近、みどりさんの見た目がいじられることが多いね、でもね、と。そうしたらサラちゃんはぐすんと鼻をすすって頷いた。

「うん、ありがとう、アサたん……。そう、そうなんだよ。そうなんだけど……。アサたんは気づいてる? ベルるんはずっとみどりさんのことが苦手だった。正反対だからね、ベルるんとみどりさんは。アサたんは今まではベルるんと関わりがなかったからわからなかった? そうか……」

サラちゃんはしばらく黙って、何を、どういう順序で、どれだけ話そうかと悩んでいるみたいだった。

「あのね、あのグループの子たち、ベルるんもみんなも陽キャでキラキラしてるよね。それに比べたらウチやアサたん、みどりさんはモブの陰キャ。そうだよ、ウチ、キラキラグループに紛れ込んでる陰キャだよ。エリりん(エリカ)とかにたまにそういじられる……。でもウチはモブなりに爪痕を残したいと思っちゃって。それで、あの写真をみんなに見せたんだ。陰キャポジ(ポジション)のこの二人、すごいだろ、ってウチが発信して、みんなをちょっと驚かせたかった。そうしたらちょっと騒がれたけど、すぐ静かになった。そうなるってことは予想してた。モブがちょっと目立ってもモブはモブのままだもん。スルーされるのはわかってた。それでもバズらせたかった気持ちと、相手にされなくて安心した気持ちがふたつあったの」

ゲーマーでギーク寄りのサラちゃんが、どうしてキラキラした美鈴たちと一緒にいるのか、実はアサヒはずっと不思議だった。サラちゃんとアサヒのクラスが別だった5年のとき、サラちゃんと美鈴たちとの縁ができたのは知っている。キラキラ系にも音楽や動画、マンガ、アニメに夢中な子は当たり前にいるから、ゲームだけでなくサブカルチャー全体に明るいサラちゃんは、それを武器にしてグループに混ざったのだと言っていた。けれどやっぱりサラちゃんは無理をして、なんならちょっと嫌な思いもしながらあのグループに混ざっていたのかもしれない……サラちゃんがぽつりぽつりと話すことを聞きながら、そうアサヒは察した。

「ウチがバカだったのは、ベルるんたちがあれをどう思うかしっかり考えなかったこと。どうせ相手にされないから大丈夫って思っちゃったこと。ホントは全然大丈夫じゃなかった。スルーしていたようでしていなかった。ベルるんたちの心のいやな場所に刺さっちゃった。しかも、あの写真だけで終われば良かったのに、みどりさんの受験の話も後から出てきちゃった……。アレ、ホントに良くなかった。
「そのせいだと思う。うまく言えないけれど、最近のベルるんは、何か怖いんだ。アサたんと仲良くなりたいってウチに頼んできたあたりから雰囲気がちがう。見た目もやっていることも何も変わっていないのに怖い。ヤバい。争ったらこっちが詰むってわかる……」

アサヒは驚いた。サラちゃんがこんなに長くまじめに自分の気持ちを話すのを聞くのはこれが初めてかもしれなかったから。そして、サラちゃんが美鈴について話すことにも……。

ベルさんがわたしと友だちになりたいって言ってくれて、それでサラちゃんが間に入ってくれて……それで今こんな感じだというのはアサヒも理解している。でも……ベルさんは本当にみどりさんのことが苦手なの? ベルさんのまわりのエリカちゃんやメイちゃんがみどりさんに反感を持っているのはわかる。でも、本当にベルさんもなの?
ベルさんが発表会の写真や受験のことにモヤモヤしていたことは確かにベルさん自身からさっき聞いた。でもベルさんはわたしを誘うときは、必ずみどりさんにも声を掛けているよ? それって、みどりさんをひとりぼっちにしないためだよね? ベルさんはモヤモヤしても、ちゃんとみどりさんと関わっているよね?  

そうアサヒがサラちゃんにきいたら、サラちゃんは困ったように「そのせいで、今、こんなになっちゃってるんだよね」と笑った。ベルるんがアサたんやみどりさんと関わらずにいれば、こんなこと――みどりさんがひとりぼっちになったり、それでアサたんが困ったり――は起こらなかったよ、と言ってまたぐすんと鼻をすすった。「ベルるんは全部『どうなるかわかってた』のかもしれない」と呟いて……。

アサヒの頭の中は疑問でいっぱいになった。美鈴がアサヒに声を掛けてくれたこと、それはもうアサヒにとっては意外なこと、そして――最初はどうしたものか困ったけれど――嬉しいことだった。確かにそれがきっかけでみどりとの関係に悩むようにはなったけれど……嬉しいものは嬉しい。そう感じていた。そして美鈴が怖い、というのもアサヒには実感がない。アサヒから見た美鈴は親切で、優しすぎるほど優しい……。
でも、サラちゃんが感じること、言うことに嘘はないとも直感する。今日のサラちゃんの様子はいつもと違うから。こんなにグスグスと半泣きのサラちゃんは初めて見るから。

「ベルるんは全部『どうなるかわかってた』」とサラちゃんは言った。それはどういうこと? ベルさんはわかっていた? 何を?
美鈴と付き合いが短いアサヒには見えていないけれど、去年からグループにいたサラちゃんには見えているものがある。それは多分すごく複雑で、サラちゃんは一生懸命言葉を選んで、アサヒに重要なことを伝えようとしている。

それは何? それは見たくない、聞きたくない、よくないものだという気がする。

「ね? アサたん? ベルるんが仲良くしようと言ってくれるなら拒否っちゃダメだよ。みどりさんのことは見捨てる感じになっちゃうけれど仕方がないよ。ウチ、みどりさんのことは好きだよ。ウチのお兄ちゃんが学校に行けなくなって、パパママが大変で、ウチがゲームばかりしてたときがあったじゃん? あのときみどりさんは、ウチのマイクラ語りにたくさん付き合ってくれた。自分もやってるからって。嬉しかったよ。でもウチはここから先、みどりさんに関わってベルるんのグループからBANされたくない。あのグループはガチで強いもん。だからみどりさんとの関係は諦める、仕方ないってもう決めてる……。
「でもね。ウチはアサたんには嫌な思いをしてほしくないんだ。アサたんはウチがキツかったときもそうでないときもずーっと友だちでいてくれた。クラスが違うときも、声をかけたり遊んだりしてくれた。ウチがアサたんが知らないことに夢中なときも、距離を置かずにいてくれた。ウチがベルるんのグループに混ざっても変わらずにいてくれたよね。ウチはアサたんのことがとても大事。だからアサたん、よく考えてね」

そこでアサヒはようやく理解した。自分に何が起こっているのかを。自分が今どれだけ複雑な人間関係の中心にいるのかを。

(わたしは選ばなきゃいけないってこと? みどりさんと、ベルさんと、どっちと友だちでいるか、みどりさんと一緒に“ぼっち”を選ぶか、ベルさんと一緒にみどりさんだけ”ぼっち“にするか……。ベルさんはそうさせるつもりでわたしに優しくしてたってこと?)

まさか、まさか、まさか。
ゾッとした。顔も頭もさっと冷えて、背中に嫌な汗が滲む。

アサヒが何も言えずにいると、サラちゃんは追い打ちをかけるような言葉を続けた。その言葉はアサヒの深い場所に刺さり、彼女が立っている場所をグラグラと揺すった。

「それにさ、みどりさんは陰キャだけどモブじゃなかったよね。なんかすごいじゃん、みどりさん。ちゃんとしてれば美人だし、頭いいし……実質主役だよね。でも、みどりさんは苦手なことをアサたんに全部やらせて、それでできた余裕を使ってキラキラ側に行こうとしているように見える。――それって超チート、ウチには受け入れられない」

そんなことを考えたことはなかった? いや、あった? あったかもしれない。あったかも……。
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