美鈴(ベル)の完璧な世界⑪

文字数 2,098文字

アサヒはその翌日も、翌々日も、その次の日も、次の、次の、次の日もまた、美鈴のグループに混じってバスケ。帰り道も、みどりと別れたあとは美鈴たちと一緒。美鈴だけでなく、色々な子たちとどんどん親しくなる。けれどみどりはそこにやってこない。アサヒは何も言わずにみどりを置いていくのではない。「みどりさんも来てみる? 楽しいかもよ?」そう必ず声をかける。美鈴たちも「みどりさんもおいでよ〜」と誘う。でもみどりは自分の席から動こうとしない。何度も誘っているうちに「嫌、うるさい」とまで言ってしまった――。
「うるさい」。その一言が、場の空気を不穏にする。

このままではいけない。アサヒはすかさず「えっとね、みどりさんが『うるさい』っていうのは、外は賑やかだから苦手って意味なんだよ」とみどりと美鈴たち両方のフォローをし、サラちゃんも「そうそう〜、そうなんだよ〜、深い意味はないんだよ~」とアサヒをアシスト。そんなやり取りをこなしてからアサヒは「それじゃあみどりさん、わたし行ってくるね」と美鈴たちについていく。
そのときみどりはもう自由帳に絵を描くことに集中しているように見えて、一体何を考えているのか誰からも、アサヒにすらもまるで読み取れない。
廊下に出て行った美鈴グループの中でも特に気の強いエリカが、聞えよがしにこう言ったのが、教室の中にまで響いた。

「アサヒはもう山田(みどり)を誘わなくていいよ、何度声をかけても絶対に来ないじゃん、アイツ。なんだよ『うるさい』って、マジだるい――」

それはエリカだけでなく、美鈴グループのみんなの気持ちを表わす言葉だったかもしれない。誰かが思っていても言えないことを、はっきり言葉にしてしまうのがエリカのような子だ。言葉にして、みんなの胸の奥でくすぶっているものを、誰からもはっきりと見えるように引っ張り上げてしまう。隠しておいたほうがいいものを表に出すことをためらわなくなる絶妙なタイミングで、その切っ掛けを作り出してしまう……。
眼の前でみどりを巡って、今までにはない困ったことが始まりだしたことをアサヒは察した。ああヤバい、それは止めなければ、と思った。それだけは止めなければ。それでアサヒはもう一度、みどりと美鈴たちの間を取り持つような言葉を(みどりさんも本当は混ざりたいんだよ、でも、バスケが上手くできないから仲間に入れないと思っているのかも)探そうとした。
そのとき。

プツン、とエリカのポニーテールを束ねていたアクリルのチャーム付きのヘアゴムが切れ、長い髪がばさりと下りた。何の前触れもなく。エリカは動揺して髪を束ねていたあたりを手で押さえた。

「うわっ、サイアク。これ買ったばかりなのに、何でいきなり切れるわけ……?」
「エリちゃん、大丈夫?」

美鈴はエリカを気遣いながら、床に落ちたヘアゴムを拾った。それは強い力で引っ張られたみたいに切れていた。何もしていないのに突然こんな風になるなんて気味が悪い。でも冷静に考えればエリカが髪をきつく結びすぎて、それにゴムが耐えられなくて切れてしまったのかも、という気もする。でも普通はゴムをくるんだ糸の中で中身だけが切れて、こんな風にはならないのだけれど……? 

美鈴はハンカチでチャームについたホコリを軽く拭くと、ゴムの切れた端と端を結び合わせ「ブラシがないからきれいにできなくてごめんね」と言いながらエリカの髪を手早く結ってあげた。エリカも「わぁん、ベルっちありがとう〜」とそれを受け入れる。その一連の流れで皆の気持ちが切り替わった。美鈴はグループの雰囲気が悪くなる前に手を打ったのだ。
アサヒは美鈴のこころくばりと手際の良さに(さすがベルさん)と感嘆した。(誰にでもできそうで、でも実はできないことをやれるのがベルさんだ)と。ベルさんのお母さんがベルさんにプリンセスの名前を託して、そういう女の子になるよう育てたこと、それを最初に聞いたときには正直なところ「えっ?」と戸惑ったのだけれど、こういう姿を見ればもう納得しかない。

「さ、校庭に行こ! 休み時間が終わっちゃう!」

美鈴がそう明るく呼び掛けて、みな小走りになる。みどりもそれについていこうとして、ハッと気が付いた。

誰かが見ている――。

じっとこっちに向けられる「圧」のようなもの――その視線が送られてくるほう、教室の扉に向かって振り返る。一瞬(みどりさんかも)と思ったのだ。やっぱりわたしも行く、って出て来たのかな? って。でもそこには誰もいなかった。そんなのはちょっと考えればわかること、あんな風にエリカにキツイ言い方をされたら誰だって出てきにくい。それに「それでもついていかなきゃ」と判断できるほどみどりは空気を読める子じゃないし、この状態からみんなにうまく混じれるようなコミュ力もない。もしみどりさんがその気になってこっちに来ようとするなら、わたしはいくらでも力になるのに、とアサヒは思う。でも、絶対に来ないよね、とも。

「アサた〜ん、どうしたのぉ?」

先に行っていたサラちゃんが階段の手前で立ち止まってアサヒを呼んでいる。「今行く〜!」と応えながら、アサヒは皆を追いかけた。
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