美鈴(ベル)の完璧な世界⑤

文字数 2,464文字

3年生の終わりに先生は子どもたちにこう説明した。

「来年度からは毎年クラス替えをするように変わります。みなさんに色々な人たちと同じクラスになって、関わってもらいたいからです」

クラス替えは奇数学年に上がるときのイベントだったけれど、次の年度から毎年やることにしたのだという。
それを聞いても、美鈴は「ふーん?」としか思わなかった。「4年生でまたクラス替えがあっても別に平気。わたしは誰とだってどんな先生とだってうまくやるもの」と。それで、年度明けに登校してみたら、同じ教室に山田みどりがいた。
(ああ、そういえばこいつがいた)と美鈴はため息をついた。 わたしのことを絶対に「ベル」と呼ばない子。はっきり言って苦手。たまに目立つみたいだけれど、基本的には問題児なんだろうな……こいつのせいでクラスが落ち着かなくなるのは嫌だな、と。

けれど美鈴はすぐに「みどりが以前とは違うこと」「みどりがうまくいっていること」そして、「みどりがなにやら先生から特別な扱いをされていること」に気が付いた。そのおかげだろうか。みどりは相変わらず周りと違うことをしているし、案の定美鈴のことを決して「ベル」と呼ばない。でもみんなを困らせることはぐんと減っていた。
アサヒをはじめ、前年度のみどりを知っている子ならば「みどりさんは今年もこんな感じで行くんだな」「先生が変わってもみどりさんの扱いは変わらないんだな」と思うだけだが、美鈴にはどういうことなのかまるでわからなかった。
彼女には担任の先生がみどりに対して「みどりが問題を起こさないように、先回りして手厚く接している」ように見えた。そうしてもらった上で、うまく行っているように見えるみどりの姿を見て、モヤモヤした。はっきり言うと、腹が立った。

(それっておかしいんじゃない?)
(そんな風に特別にしてもらわなくてもみんなと同じようにできたり、我慢したりするように努力しないといけないんじゃないの?)

美鈴は知らなかった。なぜみどりがこのように手厚く扱われているのかを。それは、こうすることでみどりが学校での生活に折り合いをつけられるようになるからだ。みどりがどうにか学校に馴染むために必要だからだ。子どもが学校を拒むことはあっても、学校が子どもを拒むことはあってはならない。みどりは色々あっても学校を拒まず、通い続けることを望んでいる。だから学校はみどりの思いに応えて、色々と工夫をしている。

そのことは子どもたちには知らされていない。子どもたちが知ることのないように細心の注意が払われている。けれど、知らされなくても察している子はぼちぼちいる。以前一緒のクラスだった子たちはもちろん、今年度初めてみどりと一緒のクラスになった子にもいる。みどりには何か「助け」のようなものが必要で、こういうことになっているのだと。そして「助け」さえあればどうにかなる子なのだと。アサヒもそれがわかっている子の一人だ。
でも美鈴は察しない。察せないわけではなく「山田みどりの事情」なんて察したくないから、かたくなに察しようとしない。

小さな事件があった。4年生に上がってまだ日が浅い頃だった。
授業中に何かしんどいことがあったらしいみどりが、すっと教室から出ていこうとしているのに美鈴が気づき、呼び止めたことがあった。このとき、クラスでは班単位で実験の結果をまとめる活動をしていて、教室がかなりうるさくなっていた。話し合いが脱線して、作業がなかなか進まなかった。それがみどりのストレスになったのかもしれない。でも美鈴にとって、それは知ったことではない。

「山田さん。どこにいくの? 授業中に席を立つのは良くないんじゃないの? ちょっとイヤなことがあっても我慢しなきゃあ……」

それはいかにも優等生らしい注意の仕方だった。「そうだよ」「ベルちゃんの言う通りだよ」近くにいた仲の良い子たちも美鈴の味方をしてくれた。
それに励まされて美鈴は胸を張り、みどりを軽く睨みつけた。そして「席に戻りなよ、山田さん」と促した。誰かに賛成してもらえると「自分は正しい」って気持ちになって、自分の言ったこと、やったこと、そしてこれからすることにも自信が持てる……! わたしは間違っていない! 美鈴は少しの疑いもなくそう思った……。

けれど、先生は美鈴の味方をしなかった。

「いいんですよ。山田さんは必要があって教室から出るんです。安藤さんが心配することは何もありません」

正しいはずの美鈴は逆にたしなめられ、そのままみどりは教室を出て行った。みどりには、いつの間にかアサヒが付き添っていた。アサヒ、ずっと山田みどりと同じクラスの、まじめだけが取り柄のような地味子がみどりを外に誘導している。まるで美鈴たちからみどりをかばうように……。
美鈴は「えっ……?」何? 何で? と説明を求めて先生を見た。けれど先生が言外に(余計な事を言うんじゃありません)と圧を掛けていることに気付いて、口をつぐんだ。美鈴はこういう子なので、先生が全てを言わなくても、自分に何が求められているかを正確に感じ取ることができる。
美鈴は下を向いて、唇をかみ、自分に起こっていることを頭の中で懸命に整理した。先生はいつもならわたしのことを”ベルさん“と呼んでくれる。でも今回はちがった。”安藤さん“と呼んだ――。今、このとき、先生はわたしの味方じゃない。それがわかった。

(余計なことを言った? わたしが? 何を? どうしてわたしが注意されなければならないの? 何で? わたしは何も間違っていないのに。正しいことしか言っていないのに)

美鈴の頬は、訳のわからなさと恥ずかしさで真赤になった。
山田みどり、やりたい放題のわがままな子。わたしに恥をかかせ、先生を味方につける。そして時々美味しいところを持っていく……頭がいいんだかなんだか知らないけれど変に目立って、しかも優しくされて、ずるい。わたしのほうが頑張って、我慢して、うまくやろうとして、実際にそうしているのに、皆それを当たり前みたいな目で見るんだから……!
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