美鈴(ベル)の完璧な世界㉑

文字数 3,398文字

アサヒちゃんもかわいそうな子。元々はわたし、そう思ってた。アサヒちゃんはすごく、すごくかわいそうな子。山田みどりのお世話を1年生のころから、先生やまわりからずうっと押し付けられて、片時も離れることができないで、一生懸命に頑張っているのに、当の山田みどりからは雑に扱われている。ほんとにひどい、かわいそう。
だからわたし、アサヒちゃんってきっとチョロい子だろうなって思ってた。「かわいそう」がわかりやすい子はチョロい子。どういうことか、わかるでしょ? 「こんなにかわいそうなわたしの、『かわいそう』をわかって」ってアピールする子と仲良くなれないわけがないじゃない。ほんとにチョロい……。

でもね、アサヒちゃんは自分のことをかわいそうだと思っていなかったっぽい。アサヒちゃんにとって、山田みどりのお世話は「やらされている」ものではなかったみたい。自分から、自分がやりたいと思ってやっているみたい。「だってずっと友だちだから」って言ってた。なにそれ? アサヒちゃんが山田みどりを友だちだと思っても、相手はどうなんだろう? って思う。山田みどりが考えていることは全然わからない。アサヒちゃんに対する山田みどりの態度はアウトだと思う。まわりの誰にも歩みよらず、他人の気持ちを考えず、空気もまるで読まず、それで嫌な思いをさせて、アサヒちゃんみたいに良くしてくれる子は利用できるだけ利用する……調子に乗るなって感じ。アサヒちゃんは何で山田みどりを友だちだと思うの? 違うかも、って何で疑わないの? アサヒちゃんって馬鹿なの? って何度か思った。

アサヒちゃん、あなたは自分のことをかわいそうだと思っていいんだよ。外から見たら充分かわいそうなんだから。山田みどりから離れて楽しく過ごすほうが正しい。もっと自分の気持ちに正直にならなきゃって。それに気づいてほしくて、アサヒちゃんと色々話した。
そのたびアサヒちゃんは悩んでたと思う。いままでに山田みどりとアサヒちゃんの間であった色々なことをひとつひとつおさらいして、きっと思い当たることがいくつもあったはず。そういうことを呑み込んだり、見て見ぬふりをしながら、山田みどりと一緒にいたはず。そのことに気付いてすっごくモヤモヤしたはず。

山田みどりといっしょに休み時間を過ごすせいで外遊びに混じれないこと、教室移動に遅れないように見守ってあげないといけないこと、授業中に山田みどりの調子が悪くなればアサヒちゃんも席を立って一緒に教室から出なければならなくなること、山田みどりがまわりから浮かないようにそれとなく助けること、それなのに、本当に頑張っているアサヒちゃんを差し置いて、「すごい」と言われるのは山田みどりのほうだってこと――あのさ、直接迷惑が掛からない場所にいる「外野」って山田みどりみたいな子のことを本当にチヤホヤするよね、「変わり者の天才美少女」とか言ってさ、ユウガ君がいい例、本当にダルい――。そしてこれだけアサヒちゃんが山田みどりを助けても、大事なことを教えてもらえなくて、そういう時にはユウガ君みたいな子が優先されてしまうこと。

でもアサヒちゃんは「うん、だけどね」「いろいろ大変だけど、友だちだからね」「いっしょにいて楽しいことも結構あるよ」って言うの。ああ、そっか。多分アサヒちゃんは「馬鹿」じゃなくて、「裏切れない」子なんだろうな。山田みどりから見たアサヒちゃんがどうであれ、アサヒちゃんから見たら山田みどりは友だちで、だから裏切れない。しかもアサヒちゃんはそれでいいと思ってる。何でそれでいいって思えるの? いろいろ考えてたらこっちが泣きそうになってきた。

アサヒちゃんは「ベルさんと遊んだりお話したりするの、すっごく楽しい……!」って気持ちでいてくれる。「かわいそうな自分をわかってくれるから」じゃなくて、「楽しいから」わたしと遊ぶんだよって言ってくれる。一緒にいるとき、すっごく楽しそうにしていてくれる。
サラちゃんがどうしてこんなにアサヒちゃんのことをかばうのか、そして山田みどりがなんでアサヒちゃんに張り付いて離れないのか? その理由がきっとこれ。正直山田みどりのことなんて分からないし、分かりたくもないけれど、さすがにこれは分かるよ。
アサヒちゃんはわたしがアサヒちゃんのことをヨシヨシしなくても大丈夫。「一緒にいると楽しいから」って理由だけで仲良くできて、この子は友だちだと思って大丈夫、って気にさせてくれる。きっと山田みどりもサラちゃんも、それに救われているの――。

最近、担任の先生がわたしによく声を掛けてくる。最近どう? 何かあった? 楽しい? 頑張ってるね……わたしのことを心配しているみたい。なんだかな、って思う。先生に心配されるなんて、そんなの「わたしじゃない」、ちがう……。わたしには「心配されるようなこと」なんて何もないのに。
あの先生は本当に苦手。年度の初めにお決まりの「だから『ベル』って呼んでね」っていう自己紹介をしたら、先生は「すごい! 素敵ね!」ってニコニコして拍手。でもその後はわたしのことを「安藤さん」「美鈴さん」としか呼ばないの。わたしのことをちゃんと見て褒めてくれるけれど、クラスの子たちのことも良く見ているけれど、こっちのやり方には絶対に乗ってこない。馴れ合わない。
見た目はどこにでもいるような「オバサン先生」なのに、着ているのはいっつもジャージなのに、怖いところとか全然ないのに、変な圧がある。そんな感じ。苦手。

そういえばさ、もうすぐ移動教室があって、その班決めがそろそろなの。たった2、3日のイベントだけれど、誰と組むかは大事。わたしは今回はアサヒちゃんと組みたいな、って思う。班は4人だから、わたしとアサヒちゃん、サラちゃん……最後の一人は先生が決めて山田みどりになるんだろうけれど、別にそれでもいいんじゃないかな? エリちゃん、メイちゃんには「アサヒちゃんだけに大変な思いはさせたくないから一緒の班になろうと思う、何かあったら助けて」って話してある。二人とも「ね」「そうだよね」って頷いてくれた。アサヒちゃんはやっぱり皆にも好かれてる、っていうか、山田みどりはいい加減そろそろ分かれよ! 変われよ! って皆思ってるのかもね。
……うちの班とあの子たちの班と、部屋を行き来して遊べばきっと楽しいよ。UNOとかトランプとか持ち込んでいいんだよ。山田みどりがわたしたちと一緒に楽しむかどうかは、山田みどりが自分で決めればいい。わたしはべつに山田みどりに意地悪をしたり、仲間はずれにしたりする気なんてぜんぜん無いし。そんなことをするわけないし。

「かわいそう」っていうの、もうやめたいと思うんだ。
「かわいそうって言って」って子にはこれからもヨシヨシし続けるよ。それはやめないよ。ひとの気持ちに応えるのは嫌いじゃないし、こうするのが自分っていう気もするし、こんな風に感じるわたしは病んでるかもだけど、充実するから……。でもね。自分のことを「かわいそう」ってのはもうやめたいな、って最近思うようになった。うん、わたしもかわいそうなの。(ママ・パパ)のことも、特にママとの関係も、山田みどりと比べたら中途半端な能力や見た目も、一見うまく行っている学校での立ち位置が、こんなに頑張ってやっとこの程度ってところも、よそから見たらきっと、全部残念でかわいそう。わかっていたよ、そんなの。わかっていてもやるしかないよね、ってやってきたわけよ。結果が微妙でも、何もできないよりかはずっとマシだからね。

けれどこれからは楽しくしたい。
楽しいから、やりたいから、これをやっているんだよって言えるようにしたい。アサヒちゃんみたいに。
それは100パーセントの本心からじゃなくていいんだよ。アサヒちゃんもそうだと思うんだ。何のくもりも迷いもなく山田みどりに関わっているわけじゃないと思ってる。「やらされてる感」も絶対少しはあると思う。でもそれでいいじゃない。人の気持ちってそういうものだと思うよ。
100パーセントでなくても心から「楽しい」って言えるようになったら、「楽しい」ことができるようになったら、わたしの世界は変わるんじゃないかな? いい感じになるんじゃないかな?

わたし、それをやってみようと思うんだ。アサヒちゃんや皆といっしょにやってみたいと思うんだ。
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