第64話 シックスヘブン

文字数 809文字

「南野さん、思い出しました! こいつ、六天(ろくてん)小学校(しょうがっこう)悪鬼(あっき)羅刹(らせつ)、安倍マリアです!」
 南野の配下の者が叫んだ。

「不名誉な二つ名ね」
 やれやれと言った表情でため息をつくマリア。

「はあはあ」
 息を整える南野。そして、形勢逆転とばかりに、マリアに向けて鈍く口を開いた。
「・・・お前、六天小学校ってことは、Z地区出身か?」
 マリアの顔の各パーツ、髪の毛が逆立つかのように緊張するのが見えた。

 Z地区は、遠く離れた他県にある。だが、六天小学校という名前は、聞く人が聞けばすぐZ地区と結びつけられるほど、世間を賑わす学校名であった。
 Z地区。それは、現代日本における解答不能な問題。マリアはいつもそのことで苦しんできた。

「はっはっは。お前はな、どうあがいても、この日本では泥の川に()かって生きていかなきゃいけない運命なんだよ」
 14歳とは思えない罵声を浴びせる南野。
 目を細め哀しむマリア。何度も言われてきたこととはいえ、慣れることはない。

「やめときな」
 河原の草むらの陰から、声が聞こえた。

「そんなことで人間同士が憎み合うのって、すごくくだらないよ」
 きよめ餅のように、肌のつやつやとした童顔の少年がそこにいた。

「やっかいな奴が来たな」
 その少年と南野は、同じ八山(はっさん)小学校(しょうがっこう)出身である。南野はその少年のことをよく知っている。どんな手段を使って悪戯を仕掛けようとも、ことごとく空振りに終わる。自分がひどい言葉を吐いても、奇妙な言動を返され、なぜかその場が和んでしまう。可愛い子にちょっかいを出したくなる、悪ガキの心情だった。

「もう、行こうぜ」
 南野は賢明な判断でその場を去った。

「とりあえず、礼を言っておくわ。ありがとね」
「危ないところだったね」
「あたしは全然平気よ」
「いや、あの南野さんがあのままじゃ危なかったなあって」

 まさかそんな言葉を掛けられるとは思わなかったのだろう。マリアは軽く調子が狂った。蹴りを入れたシーンも見ていたらしい。




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