第87話 悲しきアンチ・セミティズム

文字数 1,524文字

「アーロンさま!」
 イスラエル首相官邸前にあらわれた、アーロン・グッドシュミット首相の元に駆け寄る裁紅谷姉妹。

「はは、やっぱり本当だったんだ」
 メシヤは合点がいったようだ。
「え、え、どういうこと? エリちゃんとレマちゃんってアーロン首相の何なの?」
 マリアが驚くのも無理はない。イエスはじっと様子をうかがっている。

「黙っていてごめんなさい。お姉さまと私は、イスラエル政府直属のエージェントなのです」
 レマは申し訳無さそうにする。
「そウ、(きた)る日ユ同盟の発足に備えてネ」
 普段はおちゃらけているエリだが、この時ばかりは精悍な顔つきだ。
「ふん」
 イエスは面白くなさそうな表情を浮かべた。

「遠路はるばる、イスラエルへようこそ! お待ちしておりましたぞ、メシヤ殿」
 アーロンが日本語ペラペラなことに一同が驚く。
「アーロンさまは日本の大学のご出身ですからね。御存じありませんでしたか?」
 レマが片目をつぶって講釈する。

「腕っぷしも強いんだヨ!」
 エリがじゃれあうようにアーロンに掴みかかると、首相は軽々とエリを空中に放り投げた。
 エリもエリで、ブレットシュナイダーを決めて衝撃を減衰させる。

「ときに、メシヤ殿」
 アーロンがかしこまる。
「はい、何でしょう?」
 大物との対面にも物怖じしないメシヤ。

「エリ・サバクタニが設計したイスラエル第三神殿、こちらはもう御覧になられたかな?」
「ええ、ナゴブロックでミニチュアまで作ってくれましたよ。壮観でした」
 それを聞いてエリは嬉しそうだ。

「ちょっと歩こうか、メシヤ殿」
 有無を言わせないアーロンの迫力に、メシヤたちは黙って付いて行った。


 どれくらい歩いただろうか。荘厳な石積みの壁が眼前にあらわれた。
「嘆きの壁だよ」
 アーロンの言葉には、その建築物と同様に重みがあった。

「みんな壁に向かってなにか唱えているわ」
 マリアが神の信仰者たちを見留める。

「ここにはいま、我々の教派ではない建造物が建っている。それらを巡っての一連の紛争は、日本にいる君の耳にも届いていることと思う」
 アーロンがガイド役を勤める。
「歴史の授業でも習いましたし、僕も個人的に気になる問題ですので、文献はあたっています」
 メシヤは、なにやら自分を試されているように感じた。

「世界三宗教のイザコザが、ちょっとやそっとのことで解決しないという現実を目の当たりにした気分はどうかね?」
 アーロンは意地悪く言う。
「道はあると思います。まず元々はユダヤ教からです。その三宗教とも、聖書を聖典とした、アブラハムの宗教です。兄弟のようなものですね」
メシヤがつらつらと述べる。

「兄弟でも大喧嘩に発展することがあるのではないかな?」
 まだアーロンは口撃を止めない。

「『善』と『悪』、『男』と『女』、『光』と『闇』、『右』と『左』など、この世の中には、相対立する概念があります。僕らはそのどちらかの側に立って物事を論じてしまいますが、決して片方だけでは成立しないはずです。

「ほう、『善』と『悪』もそうだと言うのかな?」
 アーロンの表情は厳しい。
「自分は正しい、相手が間違っているという前提で話を進めるのは、詮無いことだと思います。偏屈な善もいれば、清明な悪もいるのではないかと」
 メシヤも怯まない。

「まあまあまあ、お二人とも、難しいお話はその辺にいたしましょう!」
 レマが割って入った。

「イスラエルの第三神殿だが―――」
 レマを制してアーロンが口を開いた。

「絶対にこの場所でないと、いけない訳ではない」
 そう言うとアーロンは官邸に向かって戻り始めた。
 レマが後を追いかけていく。



「レマ」
「はい!」

 二人は、メシヤたちに声が届かなくなるくらい離れていた。

「良き夫を見つけたな」





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