第100話 エルゴードの仮説

文字数 827文字

「これは大変な道だ」
 免許取り立てのメシヤが、十九川工務店の黄色いワーゲンバスを操縦する。

「あんたなんでこんな回り道したのよ」
 マリアが小言を言う。

「いいじゃありませんか、マリアさま。とても綺麗な風景ですよ」
 レマがアシストする。

「ワタシは美味しいものが食べれればどこでもいいヨ!」
 エリは腹まかせだ。

「メシヤ、ゆっくりでいいぞ。ルートは予習通りちゃんと合っているんだからな」
 イエスは寛大だ。

「なんて言うのかな、行ったことがないところって行きたくなるよね」
 これはメシヤの良さであった。

「それは分からないでもないけどさ。もっと道が整備されてからのほうがいいんじゃない?」
 マリアの言うことももっともである。

「話は変わるんだけどさ」
(変わるんかい!)とマリアは心のなかでツッコんだ。

「自分の家や庭でまだ踏みしめていないスペースがあるんじゃないかって考えたこと無い?」
「それはあるだろうな」
 イエスがメシヤの空想に真面目に付き合ってくれた。

「よく行くお部屋はある程度決まっていますし、歩く動線もそんなにパターンがあるわけでは無いですからね」
 レマも加わる。

「自分の家なのになんかちょっと寂しいかもネ」
 エリは斜め左上を見つめた。

「メシヤ、あんたの結論は読めたわよ」
 マリアはメシヤの考えそうなことはすぐ分かる。

「まだ何も言ってないけど、気が合うね!」
 メシヤは小さく左手を突き出した。

「まだ踏みしめていない土地があるのは、もったいないってとこかしら」
 大正解のマリアに、メシヤは人差し指でポイントした。
メシヤの気まぐれはエルゴード的で、空間はエルゴードの仮説を満足する。

「うんうん。土地だけじゃなく、まだ話したこともない人が何十億人もいるって考えると、人生はちっとも暇つぶしなんかじゃないし、何も知らない、やってないことだらけなんじゃないかな」

 メシヤの言葉を聞いて、一同は目元がほころんだ。
ワーゲンバスが左右に揺らぐ。決してメシヤの操縦ミスでは無かった。







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