第35話 夢に破れる人のかけらが
文字数 1,925文字
五大所山は三重県と滋賀県の県境に位置する。ロッククライマーがトレーニングに訪れる山で、頂上付近のレストランではジビエ肉を味わえる。ロープウェイで登ることもでき、多くの人で賑わう。冬はスキーも楽しめ、観光客たちは麓の温泉街で泊まっていく。三重の中心都市・四日市市内から国道一本で行けることもあり、アクセスが容易だ。いわゆるトカイナカなエリアである。
時牢岩に行くには、ロープウェイだと通り過ぎてしまうポジションにあるので、メシヤは登山口からスタートした。今回の同行者は、メシスタントのマナと裁紅谷姉妹だった。マナだけ連れて行くつもりだったのだが、エリとレマにどうしてもついて行きたいと懇願され、断る理由もなかったのでOKした。
エリとレマは、基礎的な運動能力が高い。普段は控えめにしているのか、頭もかなり切れる。見た目の可愛らしさで油断していると、一杯食わされるだろう。わざわざ日本まで来るイスラエルからの留学生。なにか密命を帯びているのかと推量したが、メシヤは深く立ち入らなかった。
「お兄ちゃん、はや~い」
「すまんすまん、お前のペースに合わせるよ」
体が小さくなり、歩幅も減ってしまったマナ。脚力はある妹なのだが。
「メシヤ、キミには妹ちゃんがもう一人いたノ?」
「メシヤさま、さきほどから考えていたのですが、そちらはどなた様ですか?」
聖杯の恩恵と犠牲のことを、裁紅谷姉妹は知らない。
「ああそうだったな。こいつはマナだよ」
「「エエ~!?」」
眉尻をさげて、軽く会釈するマナ。
「妹ちゃン、ちっちゃくなっちゃっタ!」
「以前はわたくしたちよりも背がお高くあられたのに、今は反対になってしまいましたわ」
「ワタシが148センチだけど、マナは140もなさそうだネ」
「これは一体どうしたのですか? マナさま」
「ノーフリーランチだよ」
メシヤが代わりに答えた。
あの一件から、実はマナの身長も数センチ回復していたのだが、めし屋フジワラの台所事情もあり、追加で食材を“発注”していた。身長が伸びたらその分だけ聖杯をあてにする。そんなことを繰り返していた。
マナはもう少しだけでも身長が欲しかったようだが、メシヤに小さい方が可愛いじゃないかとたぶらかされ、今の身長に落ち着いている。
事情を裁紅谷姉妹に説明すると、マナの聖杯の力に興味を持ったようだ。特に、余計な脂肪分と食材を交換できる特性に着目した。
「しかモ、幼くなってるヨ!」
「脂肪と引き替えに若さを手に入れられるのなら、この世の女から悩みはなくなりますわ!」
「まだこいつも使い方がよく分かってないから、可能性はあるなあ。何かと交換取引になるのは確かなんだけど」
エリがふと視線を移すと、可憐な高山植物に気づいた。
「ワ~、地上では見かけない花だネ!」
「そう、これが山登りの醍醐味だな。雲もつかめるぜ」
(あなたは虹をつかむ男ですわ、メシヤさま)
レマのメシヤへの信頼は揺るぎない。
「ちょっと、花を摘んでくる」
「だめだヨ! そのままにしとかないト!」
「エリさん、たぶんトイレのことです・・・」
マナが隠語を補足する。
岩壁に向かって三本目の剣を取り出すと、メシヤは的を射貫いた。
リラックスしたメシヤはレオンの言葉を思い出していた。
「聖剣の使い方はまだあるって言ってたなあ」
メシヤは考える時、言葉ではなく映像を思い描く。なので、イメージの湧かない話は理解することが出来ない。不自由そうだが、このほうが記憶に留まりやすいと自己分析していた。
「でも、どうやって?」
その答えが分からないまま、メシヤはマナたちのもとに戻り、時牢岩へと歩を進めた。
「はあはあはあ」
メシヤ一行は息を乱しはじめていたが、目的の時牢岩が見えてくると、酸素ボンベを与えられたかのごとく、元気を取り戻した。その眼前に広がる光景は、値千金などという言葉が軽々しく感じられるほどだった。
「着いタ~!」
エリが歓喜の声をあげた。
「ピテカントロプスになる日も、もう間近かな」
「お兄ちゃん本当に平成生まれ?」
時牢岩は、重力を無視したような形状で、そこに鎮座していた。二本の柱状の岩が、丸い大きな石玉を持ち上げているのだ。いつからここにあるのか。多くの登山客が謎を抱いたが、その答えを導き出せる者はいなかった。
メシヤはまじまじと眺め、調査を開始したが、何度見ても石は石だった。文字が刻まれている風でもない。
(レオンくん、どうすればいいんだい?)
メシヤはマナの聖杯の時のように、臥龍剣と鳳雛剣を使うことを思いついた。あの時と同
じように水龍の梁をぶつけ、炎凰の柱を浴びせたのだが、コケや土がとれて化粧をほどこした程度で、特別どうという変化も起こらなかった。
時牢岩に行くには、ロープウェイだと通り過ぎてしまうポジションにあるので、メシヤは登山口からスタートした。今回の同行者は、メシスタントのマナと裁紅谷姉妹だった。マナだけ連れて行くつもりだったのだが、エリとレマにどうしてもついて行きたいと懇願され、断る理由もなかったのでOKした。
エリとレマは、基礎的な運動能力が高い。普段は控えめにしているのか、頭もかなり切れる。見た目の可愛らしさで油断していると、一杯食わされるだろう。わざわざ日本まで来るイスラエルからの留学生。なにか密命を帯びているのかと推量したが、メシヤは深く立ち入らなかった。
「お兄ちゃん、はや~い」
「すまんすまん、お前のペースに合わせるよ」
体が小さくなり、歩幅も減ってしまったマナ。脚力はある妹なのだが。
「メシヤ、キミには妹ちゃんがもう一人いたノ?」
「メシヤさま、さきほどから考えていたのですが、そちらはどなた様ですか?」
聖杯の恩恵と犠牲のことを、裁紅谷姉妹は知らない。
「ああそうだったな。こいつはマナだよ」
「「エエ~!?」」
眉尻をさげて、軽く会釈するマナ。
「妹ちゃン、ちっちゃくなっちゃっタ!」
「以前はわたくしたちよりも背がお高くあられたのに、今は反対になってしまいましたわ」
「ワタシが148センチだけど、マナは140もなさそうだネ」
「これは一体どうしたのですか? マナさま」
「ノーフリーランチだよ」
メシヤが代わりに答えた。
あの一件から、実はマナの身長も数センチ回復していたのだが、めし屋フジワラの台所事情もあり、追加で食材を“発注”していた。身長が伸びたらその分だけ聖杯をあてにする。そんなことを繰り返していた。
マナはもう少しだけでも身長が欲しかったようだが、メシヤに小さい方が可愛いじゃないかとたぶらかされ、今の身長に落ち着いている。
事情を裁紅谷姉妹に説明すると、マナの聖杯の力に興味を持ったようだ。特に、余計な脂肪分と食材を交換できる特性に着目した。
「しかモ、幼くなってるヨ!」
「脂肪と引き替えに若さを手に入れられるのなら、この世の女から悩みはなくなりますわ!」
「まだこいつも使い方がよく分かってないから、可能性はあるなあ。何かと交換取引になるのは確かなんだけど」
エリがふと視線を移すと、可憐な高山植物に気づいた。
「ワ~、地上では見かけない花だネ!」
「そう、これが山登りの醍醐味だな。雲もつかめるぜ」
(あなたは虹をつかむ男ですわ、メシヤさま)
レマのメシヤへの信頼は揺るぎない。
「ちょっと、花を摘んでくる」
「だめだヨ! そのままにしとかないト!」
「エリさん、たぶんトイレのことです・・・」
マナが隠語を補足する。
岩壁に向かって三本目の剣を取り出すと、メシヤは的を射貫いた。
リラックスしたメシヤはレオンの言葉を思い出していた。
「聖剣の使い方はまだあるって言ってたなあ」
メシヤは考える時、言葉ではなく映像を思い描く。なので、イメージの湧かない話は理解することが出来ない。不自由そうだが、このほうが記憶に留まりやすいと自己分析していた。
「でも、どうやって?」
その答えが分からないまま、メシヤはマナたちのもとに戻り、時牢岩へと歩を進めた。
「はあはあはあ」
メシヤ一行は息を乱しはじめていたが、目的の時牢岩が見えてくると、酸素ボンベを与えられたかのごとく、元気を取り戻した。その眼前に広がる光景は、値千金などという言葉が軽々しく感じられるほどだった。
「着いタ~!」
エリが歓喜の声をあげた。
「ピテカントロプスになる日も、もう間近かな」
「お兄ちゃん本当に平成生まれ?」
時牢岩は、重力を無視したような形状で、そこに鎮座していた。二本の柱状の岩が、丸い大きな石玉を持ち上げているのだ。いつからここにあるのか。多くの登山客が謎を抱いたが、その答えを導き出せる者はいなかった。
メシヤはまじまじと眺め、調査を開始したが、何度見ても石は石だった。文字が刻まれている風でもない。
(レオンくん、どうすればいいんだい?)
メシヤはマナの聖杯の時のように、臥龍剣と鳳雛剣を使うことを思いついた。あの時と同
じように水龍の梁をぶつけ、炎凰の柱を浴びせたのだが、コケや土がとれて化粧をほどこした程度で、特別どうという変化も起こらなかった。