第105話 応病与薬(おうびょうよやく)

文字数 765文字

 部活で軽く擦り傷を負ったメシヤが、保健室に来ている。
養護教諭はてきぱきと傷の手当をほどこした。

「メシヤくんは治りが早いから、楽でいいわ」
 戸棚に消毒液を戻す養護教諭の栗宮(くりみや)

「でもね、僕は飲み合わせしたらいけない薬とか結構あるんだよ。献血も駄目なんだって」
「まあ、メシヤくんは事情が事情だから」
 養護教諭としての役割をまっとうしているのか、栗宮はあまり深く聞かない。

「ところでさ、先生。『それは人による』って台詞、すごくよく聞かない?」
 メシヤが議題を提出した。

「ああ、ホントよく言うわよね」
 栗宮はすぐさま同意した。

「『それは人による』の後を聞きたいよね。それだけで終わってたら、『まあそうだよね』としか返せないしさ」

「そうなのよね」
 栗宮は、自分の眉毛の上を見るようなしぐさをした。

「最初に話してた人も別に一般論を言ってた訳じゃ無いんだよね。男はこうだとか女はこうだとかそんな決めつけをしてた訳じゃ無くて、『私はこう思うんだけど』って自分が遭遇した個別のケースを話しているのに、紋切り型に『人による』って否定されちゃう」

「十把一絡じっぱひとからげにされるのをいまの人は嫌うのに、変な話よね」
 メシヤの性格はよく知っているので、栗宮は嫌な顔ひとつせず応えている。

「考えるのがめんどくさくなると臨機応変にって言っちゃうんだけど、用意していたこと以上のものは出ないと思うんだ」

「それはメシヤくんの言う通りよ。医者も準備の無い薬は処方できないわ」
 かすり傷とはいえ、メシヤはよく喋る。

「お医者さんって言うとさ、昔は仏様を医者の王と見ていたらしいね」
「あら、よく知ってるわね。そして、薬を法に(たと)えていたのよね」
 栗宮は目を丸くした。

「仏様なら、相手の具合を見て適切な処方箋を渡せたんだろうね」
「そうね。人に対しても、社会に対しても、ね」





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