第51話 品評会

文字数 2,580文字

 北伊勢高校技術室。自作したミニチュアを1年G組の生徒たちが机の上に並べている。どれも唸るような名工ぶりだが、やはり目を引くのはメシヤグループである。

「イエスくんの桑名城、国宝級ね!」
 マリアが褒め称える。
「オ~、ジャパニーズキャッスルだネ、イエス!」
「イエスさま、ご立派ですわ」
 エリとレマも称賛の声を掛ける。
「ああ、けっこう骨を折ったよ」
 受け答えもほどほどに、隣の作品に目を移すイエス。

「裁紅谷姉妹のも力作だな」
「センキュー、イエス! これはジューイッシュテンプルだヨ!」
「日本のお城にイスラエルの神殿。圧巻だわ」

「そういうマリアさまの作品も眼福モノですわ」
「ありがとう、レマちゃん」
「よく手が込んでるな、これは。このまま本物の家にしたら、買い手も付きそうだ」
「あら~、イエスくん、お上手ね」
 マリアはそう言うと、インナーガレージのシャッターを手動でオープンした。
「フェラーリ! それも珍しい白だヨ!」
「いまにも動き出しそうな迫力ですわ、マリアさま」
「えへへ、中も抜かりはないわよ」
 マリアがナゴブロックの屋根を取り外すと、大ホールの鏡や黄金の装飾、床の大理石にテーブルソファーセットまで表現されていた。
 ナゴブロックに細工をほどこし、屋根を脱着出来る構造になっている。中身が空洞なので、これならピース数は少なく抑えられる。

「うお~、なんだよマリア! すごいじゃん!」
 遅れてメシヤが輪に入ってきた。
「あら、あんたいたの? なんにも喋らないから不気味だったわ」
「準備室でギリギリまで竣工検査をしてたからね」
「メシヤ~、どんなの出来タ~?」
「ああ、ちょっくら待っておくれよ」


 ダンボールの170サイズほどある箱をバラけて、中身を取り出すメシヤ。
教室内の生徒たちの目線が一点に集中した。
「うわーーー!!!」
 大歓声が巻き起こった。

「あのー、メシヤ。一応聞いとくけど、これは何?」
「よくぞ聞いてくれました。これは、スペースセンター・日本基地だよ」
「こんなふざけた宇宙基地なら、星間交遊も断絶しそうね」
(メシヤさま、あなたは地球で納まる器ではありませんわ)
 レマは真剣なまなざしで二人のやりとりを見つめる。

 たまねぎ頭をした塔が9つ、集まっている。中央には(そび)え建つ主聖堂がある。メシヤはそれを指さした。
「こいつが宇宙ロケットさ」
「ロケットって・・・、建物じゃないの」
「発射台も無いな」
 マリアとイエスがごく当たり前の感想を述べた。
「こいつがこのまま飛ぶんだよ」
「クレイジーだわ。どういう原理で飛ぶのよ」
「それは・・・」
 メシヤは困ったように一瞬つまり、レオンの方にそっと目線を向けた。レオンがその目線を捉えると、首を左右に振った。

「ごめん、まだ考えてない」
「なによ、絵に描いたお餅ならぬ、手を抜いたおもちゃね」
 一同がぽかーんとしている。
「マリアもダジャレ言うんだネ!」
「ちっ、違うわよ! ちょっとこいつのが感染(うつ)っただけよ!」
 マリアの唐突なボケに助けられたメシヤ。まだロケットの動力については秘密にしておくようにレオンに言われている。

 そのレオンのミニチュア作品だが、パルテノン神殿のようなエンタブラチュアが目に入った。古代アトランティス文明の想像図などでも登場するそうだ。ただ、今回はあまり目立たないように、神殿だけでとどまった。メシヤはそれを見て微笑を浮かべた。


「おーい、そろそろ席に着けー」
 技術教師の杢生匠が少し緊張した声を発した。
「今日は特別なお客様が見えています。未来党・党首、鷹山巌一郎衆議院議員です」
「えーーーー!!」
 教室内がどよめいた。杢生がいったん扉の外に出て御大(おんたい)を迎えた。鷹山が技術室内に入ってくると、生徒たちは拍手で歓迎した。片手を軽くあげニコニコとみんなの方を見回しながら、登壇した。

「みなさん、こんにちは」
「こんにちは!」
「突然の訪問で驚いていることでしょう。知っている方もいらっしゃるかも知れませんが、この建築ミニチュアの課題というのは、私どもが働きかけて実現したカリキュラムなのです。諸君の先輩方も、それは見事な作品を残してくれました」
 じっと聞き入る1年G組の生徒たち。

「こうした物作りの経験は、きっと、その後の就職先で大いに役立つだろうとの信念で、取 
り進めてまいりました」
「北伊勢高校の諸君は、ご両親のお勤め先に建築・自動車関係が多いと聞いております。ご 
自身の進路先も、工業系大学、メーカー、建設業の志望順位が高いと、杢生先生からうか 
がいました」
「そこで、私は考えました。せっかく作った建築模型を、このまま捨て置くのはもったいな 
いと」

 教室内がざわざわしだした。
「はーい、静かに」
 まさかな、という誰かの小声が聞こえた。
「諸君のミニチュアを、ぜひ実際の建築物に使うプランとして採用したい」
 そう言い終わると、生徒一同がどよめいた。
「でも俺のへたくそな家じゃなあ」
と、卑下する生徒の声も漏れてきた。
「心配ありません。建築するにあたり、不具合のある部分はプロの目で修正してもらえます。 
 私が欲しているのは、若い感性による自由な発想の建築物なのです」

 メシヤはあの日、鷹山とイエスの三人で話し合ったことを思い出していた。日本の家は、なぜにこうも画一的な家ばかりが増えてしまったのか、という論題だ。建築コストの削減のためと言えば聞こえはいいが、実情は売り手側が余計なことに時間をかけず、右から左へどんどん家を売りさばきたいからなのだ。その結果、元請けの経営者だけが儲かり、下請けや職人は単価を下げられてしまうという負の構造が生まれた。

 当然、使われる建築資材も安価なものになってしまい、手間をかけることなく、魅力的とは言いがたい建築物が出来上がってしまう。それは、街の景観・国の発展度にも関わってくる問題だ。
 十九川工務店はこの流れに逆らって、独自路線を展開してきた。施主とのヒアリングを何度も行い、希望に沿うプラン作りをした。もちろん、手間もお金もかかることだが、多くの人にとって家造りは一生に一度のことである。施主家族の人生、職人の暮らし、資材メーカーの社運、多くのモノを背負っている。それらに思いを馳せられなければ、名門・十九川工務店の先行きも危ういだろう。イエスは御曹司だが、その辺の気構えは持ち合わせていた。




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