第41話 竜神の星
文字数 2,180文字
放課後。イエスが特打ちのため、グラウンドに残っている。そしてマウンドには、バッティングピッチャーが佇 んでいる。
「メシヤ、裁紅谷たちに聞いたぞ。大変だったらしいな」
五大所山登りにイエスは不参加だったので、あとからエリとレマに詳しいことを聞いたようだ。メシヤは詳しいことをイエスにまだ話せていなかった」
「ほんと、色んな事が起こるよね。でもさ、ああいう非日常なことが起きても、なんでもな
い普段の生活も疎かにしちゃいけないと思うんだ」
「ああ、そうだな。俺も野球はやめられないぜ」
「うん。僕が手伝えることがあったら、協力するよ」
「頼むぜ。俺はお前の球を打つことで、一番調整が出来るんだ」
「分かってるって。サッカー部に入るのもイエスに止められたくらいだもんね」
メシヤは器用なことに、右でも左からでも投げられる。その上、オーバースロー・サイドスロー・アンダースロー、どこからでも球を放 れる。試合前のイメージを高めるためには、持って来いの相方だ。
バッティングピッチャーは通常、バッターが打ちやすい球を投げていい気分にさせて
くれるものなのだが、イエスは真剣勝負を望んでいる。ほぼ実戦形式だ。
右バッターボックスに入るイエス。北伊勢高校の四番バッターをかっさらった男だ。いわゆるスラッガー・ホームランバッターの部類に入る。スモールベースボールとはほど遠い。
「さあ、来い!」
対するメシヤは軟投派の類だ。だが、軽く投げているようで、球は速い。おちょくっているような球を投げることもある。
「いっくよ~」
左サイドスローから放たれた球 は、イエスの腰元へ大きくスライドしてきた。バッター目線で一番遠いところから、一番近いエリアへ向かってくる軌跡。おまけに一瞬ホップしたかのような軌道から下へ波打つように落ちてくる。こんな球はプロでもめったにお目にかかれない。
《ズッバーン!》
大きく空振りするイエス。捕手はいないので、バックネットに当たり、てんてんとするボール。
「次だ」
「おう」
左右兼用グラブを持ち替え、右オーバースローで投げるメシヤ。イエスがもっとも多く
対戦するピッチャーの構えだ。球は速いが、コースは甘かった。
「なめるなよ!」
ど真ん中に放られた速球は、外野奥の校舎まではじき返された。打球は窓ガラスを直撃した。が、窓ガラスは割れない。イエスが入部してからというもの、頻繁に窓ガラスを割られるので、ライト方向の窓ガラスは強化ガラスに差し替えられたのだ。施工は十九川工務店だ。
「ちょっとは手加減してよ~、イエス~。打たれる方もへこむよ~」
「お前の球も十分、バッターの戦意を喪失させるぞ」
オレンジの光が射しかけた頃、西側の三塁方向から男が歩いてきた。
「なにやら面白いことをやっているじゃないか」
「フン」
視力2.0オーバーのイエスは、いち早く気づいた。
「部外者は立ち入り禁止ですよ」
「メシヤが冗談っぽく注意した。
「お前も部外者だろう」
ダニエルだった。
「日米友好ベースボールでもしに来たんですか?」
「そんなところだ。どれ、俺にも放ってみろ、メシヤ」
黙ってバットを差し出すイエス。
(この男の身体能力を見ておくか)
「大丈夫? けがしない?」
「心配無用だ」
右バッターボックスに構えるダニエル。膝はほとんど曲げていない。棒立ちのような素人くさい構えだ。
それを見て、グローブを右にはめるメシヤ。左で投げるようだ。
「いっくよ~」
「ん、サブマリンか」
イエスがもっとも苦手とするフォームだ。
「あんたみたいなアウトローには・・・」
メシヤが投球フォームに入ってからするどくバットを立てるダニエル。
「インハイだ!」
地を這うような低さからダニエルの胸元をめがけて硬球が放たれた。
「しまった!」
メシヤのボールはコントロールを失い、ダニエルの顔面に向かった。ヘルメットもかぶっていない。いくら悪人とはいえ、これではひとたまりもないだろう。
「GOFER《ゴーファー》 BALL《ボール》!」
ダニエルは左足を一歩引き、大きく上体を反らすと、その勢いを回転力に変え、ボール
を巻き込んだ。レフト方向の部室棟を大きく越え、ボールは消えていった。
夕日の方向を呆然と見つめるメシヤ。
「いわきですか?」
メシヤは敗戦の弁を述べた。
「インハイはコース読んでりゃ、打つのはそんなに難しくない。ボールも高いから長打にな
りやすい」
「アウトローにはアウトローで攻めれば良かったですね」
「ワルには正攻法は通用しないからな。お前もよく分かっているだろう」
「ん~、変人の気持ちは変人にしか分からない。ってとこですかね」
「なんだ。お前、変人の自覚があるのか」
イエスとダニエルが噴き出してからかう。
「僕は超マトモだよ! イエス!」
「誰が信じるんだよ、そんなの」
まだ笑いが止まらないイエス。
「イエスと言ったな。ある意味メシヤの言っていることは正しい。そいつは言われたこと、
起こった出来事を真正面に捉える。その真正直さをどこでも発揮しようとすると、必ず妨
害に遭う。それでも自分を貫くってのは、傍から見たら変な奴だろうな」
古い友のことを的確に言い当てられて、悪い気のしないイエス。
(だが、こいつは気を許したらヤバイ奴だぞ)
暮れなずむ、北伊勢高校グラウンド。西の空にはクレッセントムーン。傍 に、一番星が輝いていた。
「メシヤ、裁紅谷たちに聞いたぞ。大変だったらしいな」
五大所山登りにイエスは不参加だったので、あとからエリとレマに詳しいことを聞いたようだ。メシヤは詳しいことをイエスにまだ話せていなかった」
「ほんと、色んな事が起こるよね。でもさ、ああいう非日常なことが起きても、なんでもな
い普段の生活も疎かにしちゃいけないと思うんだ」
「ああ、そうだな。俺も野球はやめられないぜ」
「うん。僕が手伝えることがあったら、協力するよ」
「頼むぜ。俺はお前の球を打つことで、一番調整が出来るんだ」
「分かってるって。サッカー部に入るのもイエスに止められたくらいだもんね」
メシヤは器用なことに、右でも左からでも投げられる。その上、オーバースロー・サイドスロー・アンダースロー、どこからでも球を
バッティングピッチャーは通常、バッターが打ちやすい球を投げていい気分にさせて
くれるものなのだが、イエスは真剣勝負を望んでいる。ほぼ実戦形式だ。
右バッターボックスに入るイエス。北伊勢高校の四番バッターをかっさらった男だ。いわゆるスラッガー・ホームランバッターの部類に入る。スモールベースボールとはほど遠い。
「さあ、来い!」
対するメシヤは軟投派の類だ。だが、軽く投げているようで、球は速い。おちょくっているような球を投げることもある。
「いっくよ~」
左サイドスローから放たれた
《ズッバーン!》
大きく空振りするイエス。捕手はいないので、バックネットに当たり、てんてんとするボール。
「次だ」
「おう」
左右兼用グラブを持ち替え、右オーバースローで投げるメシヤ。イエスがもっとも多く
対戦するピッチャーの構えだ。球は速いが、コースは甘かった。
「なめるなよ!」
ど真ん中に放られた速球は、外野奥の校舎まではじき返された。打球は窓ガラスを直撃した。が、窓ガラスは割れない。イエスが入部してからというもの、頻繁に窓ガラスを割られるので、ライト方向の窓ガラスは強化ガラスに差し替えられたのだ。施工は十九川工務店だ。
「ちょっとは手加減してよ~、イエス~。打たれる方もへこむよ~」
「お前の球も十分、バッターの戦意を喪失させるぞ」
オレンジの光が射しかけた頃、西側の三塁方向から男が歩いてきた。
「なにやら面白いことをやっているじゃないか」
「フン」
視力2.0オーバーのイエスは、いち早く気づいた。
「部外者は立ち入り禁止ですよ」
「メシヤが冗談っぽく注意した。
「お前も部外者だろう」
ダニエルだった。
「日米友好ベースボールでもしに来たんですか?」
「そんなところだ。どれ、俺にも放ってみろ、メシヤ」
黙ってバットを差し出すイエス。
(この男の身体能力を見ておくか)
「大丈夫? けがしない?」
「心配無用だ」
右バッターボックスに構えるダニエル。膝はほとんど曲げていない。棒立ちのような素人くさい構えだ。
それを見て、グローブを右にはめるメシヤ。左で投げるようだ。
「いっくよ~」
「ん、サブマリンか」
イエスがもっとも苦手とするフォームだ。
「あんたみたいなアウトローには・・・」
メシヤが投球フォームに入ってからするどくバットを立てるダニエル。
「インハイだ!」
地を這うような低さからダニエルの胸元をめがけて硬球が放たれた。
「しまった!」
メシヤのボールはコントロールを失い、ダニエルの顔面に向かった。ヘルメットもかぶっていない。いくら悪人とはいえ、これではひとたまりもないだろう。
「GOFER《ゴーファー》 BALL《ボール》!」
ダニエルは左足を一歩引き、大きく上体を反らすと、その勢いを回転力に変え、ボール
を巻き込んだ。レフト方向の部室棟を大きく越え、ボールは消えていった。
夕日の方向を呆然と見つめるメシヤ。
「いわきですか?」
メシヤは敗戦の弁を述べた。
「インハイはコース読んでりゃ、打つのはそんなに難しくない。ボールも高いから長打にな
りやすい」
「アウトローにはアウトローで攻めれば良かったですね」
「ワルには正攻法は通用しないからな。お前もよく分かっているだろう」
「ん~、変人の気持ちは変人にしか分からない。ってとこですかね」
「なんだ。お前、変人の自覚があるのか」
イエスとダニエルが噴き出してからかう。
「僕は超マトモだよ! イエス!」
「誰が信じるんだよ、そんなの」
まだ笑いが止まらないイエス。
「イエスと言ったな。ある意味メシヤの言っていることは正しい。そいつは言われたこと、
起こった出来事を真正面に捉える。その真正直さをどこでも発揮しようとすると、必ず妨
害に遭う。それでも自分を貫くってのは、傍から見たら変な奴だろうな」
古い友のことを的確に言い当てられて、悪い気のしないイエス。
(だが、こいつは気を許したらヤバイ奴だぞ)
暮れなずむ、北伊勢高校グラウンド。西の空にはクレッセントムーン。