第190話 132 栽竹此君 

文字数 1,056文字

五月のころ、月もなくとても暗い夜、(殿上人)「女房はいらっしゃいますか」と大勢の声で言うので、(宮)「出てみなさい。いつになく騒がしいのは、誰なのか」と、仰せられるので、(清少)「いったい誰なのですか。仰々しく、際立っているのはのはなんですか」と言う。物も言わないで、御簾を持ち上げ、かさこそと差し入れる呉竹なのだった。(清少)「ああ、この君でいっらしゃたのね」と言うのを聞いて、(殿上人)「さあさあ、これをまず殿上の間に行って話をしよう」と言って、式部卿の宮の源中将、その他六位の蔵人たちもいたが、去って行った。
 頭の弁はそのままとどまられた。(行成)「私には理解しがたい人たちだ。帰ってしまうなんて、お庭の竹を折って、歌を詠もうとするところだったのだが、『同じやるなら職の御曹司にまいって女房などを呼び出してきて』と言ってやってきたのに、呉竹の名をなんともはや言われてしまったので、帰ってしまったというもの、なんと面白いことか。貴女は誰の教えを聞いて、あまり人が知らないようなことを言われてしまうのかな」など、宣われるので、(清少)「竹の名前とも知りませんでした。失礼なやつだと思われたのではないでしょうか」と言うと、(行成)「まことに、それは知らなかったのですか」などと、宣われた。
 真面目な話を私となさっている時に、「竹を植えてこの君と称す」と吟じながら、また先ほどの人々が集まって来たので、(行成)「殿上において言うことを決めていたのに、本来の目的も果たさず、何故ゆえに、帰ってしまわれたのか、不思議に思っていたところだ」と、宣うと、(殿上人)「さっきのような応対には、どんな答えをすればいいのでしょうか。なかなかちゃんとしたお答えができませんよ。殿上の間で大騒ぎしているのを、帝がお聞きになって、面白がっていらっしゃいました」と、語る。頭の弁も一緒になって、「栽竹此君」と、同じことを吟唱し、左衛門の陣に入るまで聞える。
 その翌朝、たいそう早くに、少納言の命婦という人が帝の御文を中宮にお持ちしたとき、このことを啓上したので、下にいた私を召されて、(宮)「そのようなことがあったのか」お問いになったので、(清少)「知りません。なんとも知らないでおりましたのを、行成の朝臣がとりなしてくれたのでしょう」と申しあげると、(宮)「とりなすといっても」とて、微笑みなされた。だれのことにしても、殿上人がほめたたなどとお聞きになるのを、そう言われる人のことをも中宮がお喜びなさるのも、味わいあるものであります。
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