第15話 六1 犬の翁丸の流刑

文字数 1,643文字

□帝にお仕えする御猫は、五位の位を戴き命婦(ミョウフ)のおとどと呼ばれ、とても可愛いので、愛しんでおられましたが、端のほうで寝臥していたのが、乳母である馬の命婦が、「ああなんて、そんな所で昼寝して、見苦しいこと。お入りなさい」と呼ぶけれど、日のさし入った場所で、眠っていたので、おどすつもりで、「愛犬の翁丸、さあさあ、猫の命婦に噛みついてやれ」と言うと、まことかと思って、このあほな翁丸は走りかかってきたので、猫はおびえまどい、御簾の内に入ってしまった。朝餉に帝がいらっしゃる時で、御覧になり、いみじくお驚きなさった。猫を御懐に入れさせたまいて、殿上の間で仕える男を呼ばれ、警備の蔵人の忠隆と他の者が、参ると、(帝)「この翁丸、打ち懲らしめて、犬島へ連れていけ、ただ今」と、おほせらるれるので、集まって召し捕まえる騒ぎとなった。馬の命婦もお叱りになって、(帝)「乳母を変えてしまうぞ。こんなことでは気懸りである」と、おほせらたので、その後、乳母は御前にも出なかった。犬は狩りたてられて、滝口の武士などにより、追い払われてしまった。
※天皇は猫可愛がり、犬が吠えかかり猫は御簾の中へ逃げ込み、帝が朝食中でその光景を見て、犬を島流しにしろと命じられた。猫なのに五位を貰った。へんな動物愛護。雲の上の人の生活を清少先生により、見せてもらいました。人間が馬という名前で犬が翁丸に猫が命婦のおとど、おかしな取り合わせだが、これも清少先生の命名なのでしょうか。

□(清少)「ああ、なんとあんなに得意げに威張って歩いていたのに。三月三日には、蔵人の頭の弁が、柳で頭を飾ってやり、桃の花を首輪にささせ、桜を、腰にさしなどして歩かせていましたを、こんな目に合おうとは思いもしなかただろうに」などと、哀れがる。(清少)「中宮の御膳の時は、かならず外で宮の方を見ながら向い合ってお座りしていたのに、心さびしいものです」など言いて、三、四日すぎた昼頃、犬がいみじく鳴く声がするので、なんでこんなに犬が長く鳴くのだろうかと聞くうちに、御所のよろづの犬が、駆けて見に行く。便所掃除の御厠人が走り来て、「あな。たいへんです。犬を蔵人二人が打ちのめしています。死ぬにちがいありません。犬を流罪の刑にさせ給いけるが、帰ってきたといって、懲らしめています」と言う。まあ。いやなことになった。翁丸なのだろうか。「忠隆、實房などが打っている」と言うので、その女を制止させに行かせたところ、そのうち鳴きやみ、「死んでしまったので陣の外に捨てました」と言うので、憐れに思っている夕方、ひどい様子で腫れ上がり、みすぼらしい犬が苦しそうに、震えながら歩いているので、(清少)「翁丸だろうか。この頃、このような犬がうろついていただろうか」と言い、誰かが「翁丸」と言えども、聞き入れないようだ。「それは翁丸だ」とも言い、「そうじゃない」と各人が口々に申していると、(宮)「右近であれば、犬も見知っているだろう。呼んでみなさい」とて、召されてやってきた。(宮)「これは翁丸か」と見させたまふ。(右近)「似てはおりますが、これはみすぼらし過ぎます。また、『翁丸』と言いさえすれば、寄って来るでしょうものを、呼べども寄って来ず。翁丸ではないようでございます。翁丸は、『打ち殺して捨ててしまった』と警備の蔵人は申しておりました。二人がかりで打ち食らわせば、今はあの世いきでしょう」など申せば、宮は心憂き心持のようすでした。
※猫を脅した罪で、帝よりお咎めがあり、処罰された翁丸に似た犬が御所の回りをうろついている。翁丸を見慣れている右近に確かめさせたが、名前を呼んでも犬は応答しない。警備の者が、あの犬は打ちのめしましたから、死んだのでしょうという。中宮は気に留められた犬のことを案じられているのです。随筆ですから、実際にあったことでしょう。この騒動がどういうことになるのか、動物虐待なのでしょうか、天皇のお怒りをかった犬だから、しょうがありません。

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