第134話 八三1 仏様の供物

文字数 1,656文字

職の御曹司に中宮がおられます頃、西の庇で普段の御読経」があって、仏様の掛け軸など掛けられて、僧侶たちが居るのが、平常のことでありました。二日ほど経ったある日、縁のところであやしげな者の声で「それでもやはり、あの仏様のお供物で下した物があるでしょうに」と言っている、(僧)「どうして、まだ下す時期がきてもいないのに」と二人で言っ合っている。何を言っているのだろうと、立ち出でて見ると、少し年老いたる女法師が、ひどくよごれた狩り袴の、竹の筒とかいう細い短いものをはき、帯から下が五寸ばかりの、衣というべきものか、同じようなすすけた物を着て、猿の様な格好をした者が言っているのだった。(清少)「その者は、何を言っているのか」と問うと、声を器用につくろって(尼)「『私は仏様の弟子でございますので、仏様のお供え物をおろして食べさして貰おうと思っているのです』と申し上げているのに、この坊さんが物惜しみされているのです」と言う。この老尼は少し華やかで、雅な様子でもある。このような者はうんざりするほうが、返って哀れであるのだが、へんに華やかそうなので、(清少)「他の物は食べないで、ただ仏様の御下したもののみを食べるのか。それはとても
尊い心がけであることだこと」と言うこちらの様子を悟って、(尼)「なんで、他の物は食べないことがありましょうか。他のものがないと言われるので、供え物をおろしてほしいと申したのです」と言う。そこで、果物や伸し餅などを、容器に入れて取らせたところが、やたらと仲良くなり、いろいろなこと語るようになった。若い女房たちも出てきて、(女房)「夫はいるのか」「子はいるのか」「どこに住んでいる」など、口々に問うようになると、面白そうなことや、たとえ話などをするので、(女房)「歌はうたうのか。舞などはするのか」と問い果てぬうちに、(尼)「夜は誰か男と寝る。常陸の介と寝る。寝たときの肌の良いこと」このほか、いろいろなことを喋る。また「男山の峰のもみじ葉、さぞ名をたつや、さぞ名をたつや」と、歌い頭を振ったりする。ひどく卑猥なものだったりで、笑い憎んで(女房)「もう去れ。帰れ」と女房たちが言うので(清少)「可哀そうだ。この尼になにか上げたら」と言うのを中宮がお聞きになって、(宮)「ほんとに、なんでこんなに片腹痛いようなことをさせてしまったのか。よう聞くこともできないようなことで、耳を塞いでいたではないか。その衣を一つ取らせて、早く返してしまいなさい」と、仰せられるので、(清少)「これを、中宮さまから賜るそうだ。着物が煤けているようだ。あなたも白くきれいなものを着なさい」といって、投げて取らせたところ、尼は拝み伏して、着物を肩に打ち置いて、舞まで見せてくれた。ほんとうに憎たらしく皆奥に入ってしまった。その後、いいことを覚えてしまったのか、いつもちょろちょろ現れるようになった。やがて尼のことを常陸の介とあだ名をつけた。着る物も白くきれいなものでなく、前と同じような煤けたのを着ているので、(女房)「あの着物は何処にやってしまったのか」などと、にくらしがる。
 右近の内侍がこちらに参りたる時に、(宮)「このような者を、手なずけているようだ。おだてて、いつも此処へ参るようだ」と言って、その時のありし様子など。小兵衛という女房に真似をさせて聞かせたまえば、(右近内侍)「その人をどうにかして、見たいものです。是非とも、見させてください。こちらのお得意で馴染みのようなので、さらに私のほうへ取ったりはいたしませんので」などと笑う。
 その後、また別の尼の乞食がとても艶やかそうに、出てきたので、また呼び出して、いろいろ尋ねると、この尼は、とても恥ずかしがるので、哀れに思って、着物の一つを賜わせると、伏して拝むし、それは良かったのだが、賜り物を泣いて喜び去っていく所を、早くも、この常陸の介が来合わせて居て、見てしまった。その後、老尼はすねたのか長いこと姿を現さなくなったが、誰も思い出そうともしない。

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