第154話 100 中宮の妹君

文字数 2,005文字

中宮の妹の淑景舎が、春宮妃として参られたときのことなど、どれほど目出度いことだったことか。正月十日に入内なさって、御文などはしばしば中宮と取り交わされていていたけれど、まだ御対面はなかった。二月十日に、中宮の御殿へお渡りなる御連絡があったので、常より丁寧に磨き上げ、私たち女房は皆用意していた。夜中のころ、こちらにお渡りになり、いくばくもしないうちに、夜が明けた。
 登花殿の東の庇の二間に、御しつらになった。殿と上が暁の頃、一つの御車にて、参り給われた。早朝、とても早く御格子を上げ渡して、中宮は御障子の南に、四尺の屏風を、西、東に隔てられ、北向きに立てて、その前に畳と敷物だけを置いて、御火桶を置いてある。御屏風の南、御帳台の前に、女房が大勢待機している。
 まだこちらの部屋で中宮が御髪をすかれている時に、(宮)「淑景舎は、見たてまつりたりや」と問われましたので、(清少)「「まだおあいしてません。積善寺供養の日、ただ御後姿ばかりを、ちょとだけ拝見しました「とお聞かせすると、(宮)「その柱と屏風との傍に寄って、私の後ろより、そっと見てみなさい。とても美しい君であるよ」と、のたまわれるので、うれしく、心がひきつけられて、早くみたいとおもう。紅梅の固紋、浮紋の上着、紅の打ち衣の三重の上に、ただ引き重ねてお召になっている。(宮)「紅梅には濃い衣こそ、面白いのだけれど。もう着れないのが、口惜しいものだ。今は、紅梅は着ないでおいたほうがよいのだけれど。されども、萌黄なども難しい。紅の打衣にはあわないし」などと、のたまわれるけれど、ただ、とても素晴らしく見えさせたまう。お召しになっている御衣の色合いが、御容貌にあって、なおさら、淑景舎もこのようにお美しい方であらせられるのではと、はやくお会いしたいと思う。
 さて、準備も整いいざり入らせたまいぬれば、やがて御屏風に添って覗きみると、(女房)「行儀悪い。後ろめたい行動だわ」と、聞こえる人々の声もおもしろい。障子が広々と開け放たれているので、とても、よく見える。上は、白い御衣をお召しになり、紅の張った打衣を二枚ほど、女房の裳をなのだろう、引きかけて、奥の方に寄られ東向きにいらっしゃるので、ただ御衣だけしか見えない。淑景舎は、北に少し寄っており、南向きでお座りになっていらっしゃる。紅梅の衣をたくさん、濃いのやら薄いのやら、その上に濃い綾織の御衣、少し赤い小袿、蘇枋の織物、萌黄の若々しい固紋の御衣をお召しになって、扇でぴったりと顔をお隠しになり、とてもお目出度く美しくお見えになる。
 殿は、薄色の御直衣、萌黄の織物の指貫、紅の御衣など、御紐をさして、庇の柱に寄りかかって、こちらの方を向いていらっしゃいます。目出度い御有様を、笑みをたたえながら、いつもの御冗談など仰っています。淑景舎はとても美しく、絵にかいたようなお姫様のように座っていらっしゃるのに対し、中宮はとてもゆったりされ、今は少し姉君らしく大人びたご様子で、紅の御衣に光が合わせるように輝き、比べものにならない立派に見えさせたまいぬ。
 御手を清める水をさしあげる。かの淑景舎のは、宣濯殿、貞観殿を通って、童女二人、下仕四人して、持って参るようである。唐庇のこっちの方の廊の近い所に女房六人ばかりが待機している。狭いということで、半分は淑景舎をお送りして、皆帰って行った。童女二人は桜の汗衫、萌黄、紅梅などが可愛らしく、汗衫を長く引きずって、調度品を取次ぎ渡すのがあいらしいく、素晴らしい。織物の唐衣が御簾からはみでて、相尹の馬の頭の女少将、北野宰相の娘宰相の君などが廊の近くに座っている。風情があると見ていると、中宮の御手水は、番にあたった采女が青裾の濃い裳に、唐衣、裙帯、領布といったいで立ちで、白粉を真っ白に塗り、下仕えたちが手に手に取りつぎ差し上げる光景は、公の中宮らしい動作は唐風のようで、魅力的である。
 御膳の時になっても、御髪上げ女官が参りて、女蔵人たちが、御まかないのために髪を結いあげて、中宮に御食前を差し上げるとき、隔てられていた御屏風も押し上げてしまったので、垣間見ている私たちは、隠れ蓑を取られたような気持になって、それでも見て居たいので、御簾と几帳の間に隠れて、柱の外側から見させてもらった。衣の裾や裳などが、御簾の外に皆押し出されてしまったので、関白殿が、部屋の端のほうからご覧になり、(道隆)「あれは誰なのだ。あそこに御簾の間より見えるものは」と、お咎めになったので。(宮)「少納言が、様子を見たがっているのでしょう」と申されましたところ、(道隆)「あ~極まりが悪い。あの人は昔から懇意な仲だ。いと憎らし気な娘たちを持っているなと思われるのはいやだな」などおっしゃるご様子は、なんとも得意げなお顔をされていることでした。
 あちらの淑景舎の方にも御前が運ばれてきた。
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