第24話 二十1 清涼殿の青瓶の桜 

文字数 1,951文字

□清涼殿の東北の隅の、北側との隔てになる御障子は、荒海の絵で、生きたる物どもの恐ろしげなる、手長、足長などを、描きてある。上の御局の戸を押開けているので、常に目に見えるので、なんか気に入らないなどといって笑う。高欄の所に、青い瓶の大きいのを据え置いて、
桜の見事に咲いた枝の五尺ばかりの物を、いと多くさしてあるので、高欄の外まで咲きこぼれていた。昼頃、大納言殿が、桜がさねの直衣のすこし着て萎えているものに、濃い紫の固紋の指貫を召して、白き御下衣を重ね、上に濃い綾のいと鮮やかなるのを出して、参り給えるに、ちょうど、帝が、こちらにおいでになったので、戸口の前の狭い板敷きにお座りになる、なにか申し上げ給われた。御簾の内には、女房が桜重ねの唐衣をゆったりと片袖を脱いで垂らして、藤がさね、山吹など、色々感じよく大勢が、子半蔀の御簾からもはみ出している。昼の御座の方には、御膳を運び参る足音が高く聞える。先払いする警蹕(けいひち)の、「をし」と言う声が聞え、うららかなのどかな春の日の雰囲気など、本当に趣向のあるけしきである。お終いの食器のせの御盤を取りにきた蔵人が参上して、お支度が出来ましたと奏上すると、帝は中の戸を通り渡ってお越しになる。そのお供に、庇の間を通って大納言は帝をお送りして、元の桜の花の所へお帰りになり座られた。
※この場の雅な様子は、拝見したことのない下々には理解しにくい所であります。天皇の食事のとき、しきたり「おし」といいながら前触れするとか、大納言が着ている着物のことや、女房の着ている何枚重ねかの着物が今一つ理解できない。読み進むうちに、徐々に知識が仕入れられ、平安ワールドへ漬かっていくような気分がする。徒然草と違い、なかなか、精神的なものより、衣装や和歌や教養を必要とする手強い感じがします。

中宮が御前の御几帳を押しやり長押の境までお出ましになられる御様子は、なんとも素晴らしいお姿で、お仕えする女房たちも夢見心地になっているところへ、「月も日もかはりゆけども久に降る三室の山の」(=三室山が永久に栄えるように、中宮も永久に栄えますように)と大納言が、ゆったりとお歌いなさった。とても情感あふれる感じがてし、まさに、中宮様が千年もこうあってほしいというような御有様でした。御給仕の人が、御膳をさげる蔵人を呼ぶ前に、帝はお渡りになってこちらへ来られた。(宮)「御硯の墨すれ」と、仰せられ、私は目が
点になってしまい、ただ帝のいらっしゃる方ばかり見ていて、墨を墨挟みから落としてしまいそうになった。中宮が白い色紙を押し畳んで(宮)「これに、ただ今思い浮かぶ古い歌を、一つづつ書け」と、仰せられる。外に居た大納言に対して、(清少)「これは、いかが」と申しあげると(伊周)「早く書いてお見せなさい。男子は言葉を加えるべきではない」といって、草子をお返しになった。中宮は御硯をとりおろして、(宮)「早く早く、ただ思いめぐらさないで、難波津(なにわず)でもなんでもよい、ふと思いついた歌を」と責めさせたまふのに、なぜか気臆れしたのか、まったく顔まで赤くなって心が乱れてしまう。上席の女官が二つ三つばかり書いて、「これに」と差し出され→年経れば齢は老いぬしかはあれど花をし見ればもの思いもなし←という歌を、「君をし見れば」と書きかえて差し出した。それを御覧になり比べられて、(宮)「ただこの心遣いが知りたかったのだ」と、おおせられ、ついでに「円融天皇の御時に、帝が草子に『歌一つ書け』、とおおせになったので、とても書き憎くて、ご辞退を申しでる人々が多かったが、『さらには、筆の手の良し悪しや、歌が季節に合わないなども問わない』とおおせられるので、困惑して皆が書いたなかに、ただ今の関白殿が、まだ三位の中将といわれている時、⇒潮の満ついつもの浦のいつもいつも君をば深く思ふはやわが← という歌の末の方を、
『頼むはやわが』(帝にお頼りしています)と書きたまえりけるのを、帝はとてもお褒めになさっていました」などと、おおせられていましたが、やたらに、冷汗がでるような心地がしました。若い女房より年上だからといって、私には、そのように書けないと、思われる。たとえ筆の上手な人も、緊張するなか皆にみつめられ、書き損じたりする人もいる。
※いよいよ、中宮と清少納言や女官たちの文学サロンというものの始まりなのでしょうか。天皇というと、当時は神様とあがめられていたのでしょう。渡って来られ、御側にいらっしゃるだけで緊張するし、頭が回転しない、機知に富んだことも言えない状況であります。中宮は先例の洒落た見本を提示されるし、どう対応していくのかこれがどのように展開されていくのが楽しみでもあります。をもしろし。

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