第3話 驚きの現実

文字数 2,071文字

 僕達は乾杯の後名刺を交換をした。僕の名刺を見た山岸君が驚いていた。

「へぇ、桐野は物流会社にいるんだ。意外だったな」
「意外? そうかな」
「まぁ、高校生の頃のお前しか知らないからそう思うのかもしれないけど、俺は教師ぐらいやっていると思ってた。生物の先生とかな」
「僕が先生? それも生物?」

 僕は確かに一時期教師を目指したことがある。僕のような人間が教師に向いているかどうかはともかく、ほんの少しではあるが憧れたのは事実である。しかしその後、現場教師の過酷な労働状態が聞こえてくると、やっぱり僕のような人間には無理なように思われ、いつしか将来の目標から外れてしまっていた。

「僕が教師なんて似合わないよ。それより山岸君は医療機器の営業って、やっぱり病院とかを回っているの?」

 山岸君はジョッキのビールを一気に半分まで飲んで答えた。

「そう。大学病院とか公立病院を中心に大きな医療機関専門に回っている」
「そうなんだ。凄いな」

 僕は本心からそう思うと同時に山岸君が羨ましかった。僕に山岸君の百分の一でも積極性があれば、僕の人生は全く違った物になっていたかもしれないのだ。そんな後ろ向きな僕を励ますつもりなのか、山岸君は大袈裟に僕の肩を叩いて言った。

「何言ってんだ。お前の仕事だって凄いじゃないか。俺達の仕事が成り立つのも、お前達物流の会社あっての話だぞ。そんな寂しい顔するなよ」

 僕は十年ぶりに会った山岸君の、昔とちっとも変わらない付き合い方が嬉しかった。


 その後、僕達の話題は思い出話にになった。懐かしい先生の名前や生徒の名前が次々出て来た。山岸君は昔の友達と連絡を頻繁に取り合っているのか、僕より遥かに多くの情報を持っていた。

 酔いもそこそこ回って来た頃、山岸君が唐突に訊いてきた。

「そう言えば桐野。お前、早川を覚えているか?」

 僕の心臓が一瞬ドクンと音を立てたように思えた。他人から早川さんの名前を聞くのは十年ぶりである。あの当時の僕の早川さんへの思いを、山岸君は知っているのかどうかは分からないが、僕はつとめて平静を装って答えた。

「うん。覚えている。確か、都内の女子大に進んだらしいね」
「そうそう、知ってんじゃん。あいつらしいよ。結構なお嬢様だからな。あいつは」
「そ、そうみたいだったね」

 僕は温くなったビールをチビチビと口にしながら、何か怖い話でも聞くように緊張していた。すると山岸君が身を乗り出して、僕の耳の側まで口を寄せて言った。

「あいつさぁ、今何しているか知っているか?」
「いや。知らない。どこかでOLでもやっているのじゃないかな」

 山岸君は辺りを見回してから、さらに声を落として言った。

「あいつさぁ、今AV女優をやっているみたいだぞ」
「えっ!」

 僕は思わず目の前の山岸君の顔を二度見してしまった。山岸君はそんな僕を見て顔を離すと、残りのビールを飲み干してから言った。

「その顔じゃ知らなかったみたいだな。一度観てみろよ。スゲェから」

 おそらく僕の顔は真っ青になっていたと思う。それくらいショックだった。あの長い髪をさらさらなびかせていた女神のような早川さんがAV女優。僕には全く信じられなかった。

 しかし、僕の気持ちなど知るはずもない山岸君はさらに言葉を続けた。

「俺も人から聞いて知ったんだけど、あいつ今は『白鳥飛鳥』って名前で、何本か出演しているぞ」

 山岸君が『スゲェから』ということは、その内容を知っているということだろうか。僕は恐る恐る尋ねた。

「山岸君はそれをもう観たの?」

 彼は唐揚げを頬張りながら首を縦に振った。そして口の中の物を飲みこむと言った。

「観た。観た。びっくりしたぜ。昔を知っているだけにグッと来たな」
「グッとって?」

 山岸君はいやらしい眼で僕を見ていた。

「男がグッと来ると言えば、決まってんじゃん。抜けるってことに決まっているだろう」
「抜けるって……そんな」

 僕も一応は健康な男子である。当然、性のはけ口としてそんなDVDやネットの映像を観て一人で慰めた経験はある。しかしその対象が早川さんとなると、どうにも胸がかきむしられる。
 そして思った。あの頃の早川さんには健康的な美しさがあって、AV女優なんて卑猥なイメージとは遠くかけ離れていた。

 一体彼女に何が起こったのだろう。この十年の間に何が彼女を変えてしまったのだろう。そんなことを考え出すと、それから山岸君が色々と話してくれた内容など、頭の中に残るはずもなく、ただ適当に相槌を打つだけだった。
 山岸君は酔いも随分回って来た頃二次会に行こうと誘ってくれたが、僕はそんな気になれず適当な理由を付けて断り、お互いの連絡先を交換して別れた。

 僕は駅に向かう道を歩きながら思い返していた。過去に観たことのあるエロな映像を思いだし、その姿を早川さんと重ねてみるのだが、どうしても高校時代の彼女の姿が勝ってしまい、どう考えても有り得ない話だとしか思えない。

 しかし山岸君が言うのならそれは本当なのだろう。
 僕はそれを確かめる為にも駅の裏にあるDVDレンタルショップに向かった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み