第25話 祥子さん
文字数 1,809文字
早川さんは監督達が出て行くのと同時に膝丈の薄手のコートを羽織ると、僕達に言った。
「じゃあ私は近くのコンビニに行って来るわ」
すると女性は自分のバッグから財布を出して紙幣を一枚、早川さんに渡した。
「ついでにタバコ買ってきてくれない? ショートホープ二箱」
早川さんはその紙幣を受け取りながら、僕の方を見て尋ねた。
「ショートホープ二箱ね。桐野君の下着のサイズはMかなLかな」
僕は早川さんの質問の意味が分からなかった。
「あの……下着って」
僕がボソボソ答えると、隣りの女性が薄ら笑いを浮かべていた。
「あんた。そんな汚れた下着、いつまで履いているつもり? 新しいのに替えないと気持ち悪いでしょう」
ようやく僕にも早川さんの考えていることが理解出来た。同時に物凄い恥ずかしさが僕の中に湧き上がって来た。そして早川さんの目の前でみっともない姿を見せた上に、その後始末まで頼んでしまう僕は、男として最低だと思った。
僕は逃げ場のない今の状況を何とかしようと、わざと何でもないように答えた。
「じゃあLでお願いします」
「分かったわ。他にいるものある?」
僕は首を横に振り、女性は「無いわ」と軽く答えていた。
早川さんが玄関を出て行くと、僕はあの女性と二人きりになった。異性と二人きりになること自体が早川さんが初めてだった僕にとって、今の状況はかなり息が詰まる状況である。
しかも僕の股間はねっとりとした嫌な感覚が残っており、気のせいか青臭い匂いが漂っているように思う。何とかしなければと、僕はあれこれ言葉を探してはみたが、出て来た言葉はありふれたものだった。
「あの……失礼ですが、お名前は?」
女性は一瞬驚いた表情を見せたが、次の瞬間にはまた薄ら笑いの顔に戻っていた。
「私は祥子。見たとおりのオバサンよ」
「そんな、オバサンだなんて」
「いいのよ。無理しなくても」
祥子さんは散らかったメモや台本を片付けながら僕に尋ねた。
「あんた、女を抱いたことが無いんじゃない?」
「え?」
二十八になる男が、今日まで童貞でいることは普通なのだろうか。そして僕のような男は数多いのだろうか。祥子さんの質問の裏にはどんな意図があるのか分からないが、僕は今ここで見栄を張る必要はないと思えた。何しろ相手は人のセックスをいつも目の前にしている達人である。何を言い繕った所でバレてしまえば恥の上塗りである。
僕は素直に答えた。
「はい。実はそうなんです」
「そうか。じゃあ仕方がないわね」
「そうなんですか?」
「初めての時は、大概の男はああなるものよ」
「はぁ」
僕は少しは救われた気分になった。
「あんた。飛鳥と同級生だったんだって?」
「い、いいえ。ただ学年が同じだっただけです」
「そうなの。あんた達、付き合っていたの?」
僕は顔が赤くなるのが分かった。付き合っていたどころか、一方的な片思いのようなもので、しかも他人が知ればストーカーと間違えるかもしれない傍観者だったのだから。
「いいえ。早川さんと僕が……まさか」
すると祥子さんは不思議そうに僕を見た。
「付き合ってもいないただの友達を、こんな所に連れて来るもんかね? あの子も変わった子だよ」
「あの、祥子さんは飛鳥さんとの付き合いは長いのですか?」
祥子さんは粗方片付いた部屋を確認すると、僕の隣に腰を下ろし煙草に火を点けて長い紫の煙を吐きながら言った。
「長いと言えば長いかな……実を言うとね。私も昔はこっちの業界の女優だったのよ」
「へぇ、そうだったのですか」
意外と言えば意外だった。昔、女優だった人がスタッフになっているなんて、素直には結び付かなかった。しかし、いつだったか誰かが駅のベンチに忘れて行った週刊誌に、『AV女優の旬な時期は短い』という記事があったが、考えて見ればこっちの世界では女優の寿命は普通の映画女優と比べれば短いという理屈はよく分かる。
誰が考えても若い、十代から二十代前半のキラキラした時期の女性の方が、良いに決まっている。
最近では熟女ブームとかで、年配女性の動画も売れているのは事実だが、それにしたって一部の偏ったフェチか、屈折した性癖のある人間に限られるだろう。そうなると、若い頃に稼げた肢体も加齢と共に需要は少なくなるのは当然である。
そしてその後は、簡単に人には言えない経歴しか残らないのだから、出来る仕事も限られてくるに違いない。僕は祥子さんの選択は間違っていないと思った。
「じゃあ私は近くのコンビニに行って来るわ」
すると女性は自分のバッグから財布を出して紙幣を一枚、早川さんに渡した。
「ついでにタバコ買ってきてくれない? ショートホープ二箱」
早川さんはその紙幣を受け取りながら、僕の方を見て尋ねた。
「ショートホープ二箱ね。桐野君の下着のサイズはMかなLかな」
僕は早川さんの質問の意味が分からなかった。
「あの……下着って」
僕がボソボソ答えると、隣りの女性が薄ら笑いを浮かべていた。
「あんた。そんな汚れた下着、いつまで履いているつもり? 新しいのに替えないと気持ち悪いでしょう」
ようやく僕にも早川さんの考えていることが理解出来た。同時に物凄い恥ずかしさが僕の中に湧き上がって来た。そして早川さんの目の前でみっともない姿を見せた上に、その後始末まで頼んでしまう僕は、男として最低だと思った。
僕は逃げ場のない今の状況を何とかしようと、わざと何でもないように答えた。
「じゃあLでお願いします」
「分かったわ。他にいるものある?」
僕は首を横に振り、女性は「無いわ」と軽く答えていた。
早川さんが玄関を出て行くと、僕はあの女性と二人きりになった。異性と二人きりになること自体が早川さんが初めてだった僕にとって、今の状況はかなり息が詰まる状況である。
しかも僕の股間はねっとりとした嫌な感覚が残っており、気のせいか青臭い匂いが漂っているように思う。何とかしなければと、僕はあれこれ言葉を探してはみたが、出て来た言葉はありふれたものだった。
「あの……失礼ですが、お名前は?」
女性は一瞬驚いた表情を見せたが、次の瞬間にはまた薄ら笑いの顔に戻っていた。
「私は祥子。見たとおりのオバサンよ」
「そんな、オバサンだなんて」
「いいのよ。無理しなくても」
祥子さんは散らかったメモや台本を片付けながら僕に尋ねた。
「あんた、女を抱いたことが無いんじゃない?」
「え?」
二十八になる男が、今日まで童貞でいることは普通なのだろうか。そして僕のような男は数多いのだろうか。祥子さんの質問の裏にはどんな意図があるのか分からないが、僕は今ここで見栄を張る必要はないと思えた。何しろ相手は人のセックスをいつも目の前にしている達人である。何を言い繕った所でバレてしまえば恥の上塗りである。
僕は素直に答えた。
「はい。実はそうなんです」
「そうか。じゃあ仕方がないわね」
「そうなんですか?」
「初めての時は、大概の男はああなるものよ」
「はぁ」
僕は少しは救われた気分になった。
「あんた。飛鳥と同級生だったんだって?」
「い、いいえ。ただ学年が同じだっただけです」
「そうなの。あんた達、付き合っていたの?」
僕は顔が赤くなるのが分かった。付き合っていたどころか、一方的な片思いのようなもので、しかも他人が知ればストーカーと間違えるかもしれない傍観者だったのだから。
「いいえ。早川さんと僕が……まさか」
すると祥子さんは不思議そうに僕を見た。
「付き合ってもいないただの友達を、こんな所に連れて来るもんかね? あの子も変わった子だよ」
「あの、祥子さんは飛鳥さんとの付き合いは長いのですか?」
祥子さんは粗方片付いた部屋を確認すると、僕の隣に腰を下ろし煙草に火を点けて長い紫の煙を吐きながら言った。
「長いと言えば長いかな……実を言うとね。私も昔はこっちの業界の女優だったのよ」
「へぇ、そうだったのですか」
意外と言えば意外だった。昔、女優だった人がスタッフになっているなんて、素直には結び付かなかった。しかし、いつだったか誰かが駅のベンチに忘れて行った週刊誌に、『AV女優の旬な時期は短い』という記事があったが、考えて見ればこっちの世界では女優の寿命は普通の映画女優と比べれば短いという理屈はよく分かる。
誰が考えても若い、十代から二十代前半のキラキラした時期の女性の方が、良いに決まっている。
最近では熟女ブームとかで、年配女性の動画も売れているのは事実だが、それにしたって一部の偏ったフェチか、屈折した性癖のある人間に限られるだろう。そうなると、若い頃に稼げた肢体も加齢と共に需要は少なくなるのは当然である。
そしてその後は、簡単に人には言えない経歴しか残らないのだから、出来る仕事も限られてくるに違いない。僕は祥子さんの選択は間違っていないと思った。