第26話 早川さんの過去
文字数 1,546文字
祥子さんは昔を懐かしむように煙草をくゆらせながら話してくれた。
「私達の頃は『裏ビデオ』とか『本番女優』なんて言葉があったけど、今じゃもう死語の世界よ……今から考えると、何を騒いでいたのかなぐらいの感覚しかないわね」
「そうなんですか」
「そうよ。でもね。それでも偉そうに『女優』なんて言い切る所があるってことは、それなりに演技も必要だったってことで、私と同じ頃に活躍した連中は、皆映像の中で見せる顔と普段の顔が全く違っていたわ」
「へぇ」
僕は早川さんとの絡みの時、彼女が「もっと揉んで」なんて言葉を僕に言ったことを思い出した。あれは自分の演技をよりリアルに表現する為に僕に言った言葉で、僕をより刺激しようと口にしたのではないのだと思った。
それを僕は何を勘違いしたのか、早川さんは僕に抱かれたことで気持ちが高まったのだと思い込み、勝手に舞い上がり、そして不覚にも射精してしまったのである。
早川さんは口では何でもないようなことを言ってはいたが、おそらく僕を軽蔑しているに違いないと思った。
祥子さんは一際大きく吸いこむと、白い煙を吐きながら灰皿で消していた。
「それでね。あの子が新人の頃に何度か演技を教えたのよ。それからの付き合いね」
「そうだったのですか。じゃあ長いですね」
「まぁ、この世界じゃ長いのかな」
祥子さんは遠くを見るように宙を見上げていた。僕は少し前に監督と話をしていて、中途半端で途切れてしまった僕の疑問を祥子さんにぶつけてみた。
「じゃあ祥子さんは、飛鳥さんがどうしてこの世界に入って来たのかは聞いているのですか?」
祥子さんはまた驚いた顔を僕に見せた。
「あんた。何も知らないの?」
「ええ、尋ねても教えてくれないんです」
「そうかぁ……」
祥子さんは意味有り気に僕の顔を見た。
「ど、どうかしましたか」
「あんた。私から聞いたなんて飛鳥に言わないでよね」
「もちろん。言いません」
祥子さんは今消したタバコがまだ完全に消えていないのに、二本目の煙草に火を点けていた。
「あの子がこっちの世界に入って来た頃、あの子は今とは随分違っていたわ」
「何が違っていたのですか」
「疲れ果てていたって言うのか、生きる希望をなくしていたって言うのか、とにかくやつれていて、妙に無口だったわね」
僕は愕然とした。僕の知る限り、早川さんは僕にそんな姿を見せたことはなかった。いつもキラキラしていて、健康そのものだったはずだ。僕の心がざわつき始めた。
「何があったのですか?」
祥子さんは悲しそうな目になっていた。
「それで、あの子が仕事に慣れて来た頃に一度飲み行ったことがあって、その時にポツポツと話してくれたわ」
僕はようやく一番知りたい核心部分に触れられるのだと、さらに心がざわついた。僕はいつの間にか前のめりになって祥子さんの話を聞いていた。祥子さんはとつとつと話を続けた。
「あの子。大学を卒業したあと、有名な会社に入ったのよ」
「有名な会社? それはどこですか」
僕が社名を訊くと、祥子さんは教えてくれた。確かにそこは僕でも名前ぐらいは知っている会社で、学生の人気も高かったはずだ。それだけに倍率も高く、望めば誰でも入社出来る会社ではなかったが、早川さんなら入社するに十分な条件は揃っていたと思えた。
祥子さんは煙が目に沁みたのか、右手でこすりながら話を続けた。
「あの子は当時の人事部長の推しで入ったみたいなのよ。そう言うと聞こえはいいかもしれないけど、要はその人事部長が面接の時にあの子に一目ぼれしたってことらしいわ」
「一目ぼれですか」
僕は早川さんなら有り得る話だと思った。早川さんの見た目と生まれ持った性格は、どんな男も放ってはおかないと思う。僕は今更のように早川さんのすばらしさを認めざるを得なかった。
「私達の頃は『裏ビデオ』とか『本番女優』なんて言葉があったけど、今じゃもう死語の世界よ……今から考えると、何を騒いでいたのかなぐらいの感覚しかないわね」
「そうなんですか」
「そうよ。でもね。それでも偉そうに『女優』なんて言い切る所があるってことは、それなりに演技も必要だったってことで、私と同じ頃に活躍した連中は、皆映像の中で見せる顔と普段の顔が全く違っていたわ」
「へぇ」
僕は早川さんとの絡みの時、彼女が「もっと揉んで」なんて言葉を僕に言ったことを思い出した。あれは自分の演技をよりリアルに表現する為に僕に言った言葉で、僕をより刺激しようと口にしたのではないのだと思った。
それを僕は何を勘違いしたのか、早川さんは僕に抱かれたことで気持ちが高まったのだと思い込み、勝手に舞い上がり、そして不覚にも射精してしまったのである。
早川さんは口では何でもないようなことを言ってはいたが、おそらく僕を軽蔑しているに違いないと思った。
祥子さんは一際大きく吸いこむと、白い煙を吐きながら灰皿で消していた。
「それでね。あの子が新人の頃に何度か演技を教えたのよ。それからの付き合いね」
「そうだったのですか。じゃあ長いですね」
「まぁ、この世界じゃ長いのかな」
祥子さんは遠くを見るように宙を見上げていた。僕は少し前に監督と話をしていて、中途半端で途切れてしまった僕の疑問を祥子さんにぶつけてみた。
「じゃあ祥子さんは、飛鳥さんがどうしてこの世界に入って来たのかは聞いているのですか?」
祥子さんはまた驚いた顔を僕に見せた。
「あんた。何も知らないの?」
「ええ、尋ねても教えてくれないんです」
「そうかぁ……」
祥子さんは意味有り気に僕の顔を見た。
「ど、どうかしましたか」
「あんた。私から聞いたなんて飛鳥に言わないでよね」
「もちろん。言いません」
祥子さんは今消したタバコがまだ完全に消えていないのに、二本目の煙草に火を点けていた。
「あの子がこっちの世界に入って来た頃、あの子は今とは随分違っていたわ」
「何が違っていたのですか」
「疲れ果てていたって言うのか、生きる希望をなくしていたって言うのか、とにかくやつれていて、妙に無口だったわね」
僕は愕然とした。僕の知る限り、早川さんは僕にそんな姿を見せたことはなかった。いつもキラキラしていて、健康そのものだったはずだ。僕の心がざわつき始めた。
「何があったのですか?」
祥子さんは悲しそうな目になっていた。
「それで、あの子が仕事に慣れて来た頃に一度飲み行ったことがあって、その時にポツポツと話してくれたわ」
僕はようやく一番知りたい核心部分に触れられるのだと、さらに心がざわついた。僕はいつの間にか前のめりになって祥子さんの話を聞いていた。祥子さんはとつとつと話を続けた。
「あの子。大学を卒業したあと、有名な会社に入ったのよ」
「有名な会社? それはどこですか」
僕が社名を訊くと、祥子さんは教えてくれた。確かにそこは僕でも名前ぐらいは知っている会社で、学生の人気も高かったはずだ。それだけに倍率も高く、望めば誰でも入社出来る会社ではなかったが、早川さんなら入社するに十分な条件は揃っていたと思えた。
祥子さんは煙が目に沁みたのか、右手でこすりながら話を続けた。
「あの子は当時の人事部長の推しで入ったみたいなのよ。そう言うと聞こえはいいかもしれないけど、要はその人事部長が面接の時にあの子に一目ぼれしたってことらしいわ」
「一目ぼれですか」
僕は早川さんなら有り得る話だと思った。早川さんの見た目と生まれ持った性格は、どんな男も放ってはおかないと思う。僕は今更のように早川さんのすばらしさを認めざるを得なかった。