第19話 偏見
文字数 2,081文字
僕が沈んでいると、監督が気を使って声をかけてくれた。
「そう落ち込むなよ。多分あんたは昔の馴染がどうして……なんて思ってんだろうけど、今じゃこの世界も結構さばけて来ているんだぞ」
「それは、どういう意味ですか」
「あんた、この世界に自分から飛び込んで来る若い子が、一年にどれだけいると思う?」
突然そんな風に訊かれても即答出来るものではない。そんなことなど今まで一度も考えたことがないのだから当然である。しかし、考えてみれば実際に早川さんもこの世界に来ているくらいだから、それなりの数はいると思えた。
僕は当てずっぽうだが答えてみた。
「よく分かりませんけど、五百人くらいですか?」
僕は多めに答えたつもりだったのだが、監督は笑って言ってくれた。
「そんなもんじゃねぇよ。聞いた所によると、一年にざっと三千人だとよ」
「さ、三千人!」
開いた口が塞がらないとはこのことだと思った。そんなに多くの女子が、この世界に入って来ているなど、誰が想像出来るだろう。驚き以外の何物でもなかった。
「凄い数ですね」
「そうさ。まぁ、一昔前なら、食うに困るかヤバイ奴らに騙されて無理やりってのもあるにはあったけど、今じゃ軽いノリで来ているみたいで、こっちが参るくらいだ。もちろん、大半は一本だけ撮ってそれでおしまい。小遣い稼ぎ感覚って所なんだろうな」
「小遣い稼ぎ……ですか」
「そうさ。だから、あんたの世界じゃ暗いイメージがあるのかもしれないけど、こっちはそんな感じは全然ねぇな。皆それほど気にはしていないみたいだぞ」
「じゃあ、飛鳥さんもそんな感じだったのですか?」
「飛鳥? 飛鳥は……」
監督が僕の一番知りたい所を口にしそうになった時、あの年配の女性が焦った表情で駆け込んできた。
「監督、ちょっとまずいことになりましたよ」
「なんだよ。時間も押しているってのに」
監督とその女性は二人して部屋を出て行った。入れ替わりに早川さんが部屋に入って来た。
早川さんはここに来た時のカジュアルな服装ではなく、僕にとっては目のやり場に困る大胆な姿だった。
上半身は薄い水色で長袖のTシャツなのだが、体にピッタリと張り付いており、否応も無くボディラインがくっきりと見えている。しかも胸元がわざとそんなデザインになっているのか大きくえぐれており、胸の谷間どころか乳首が見えそうである。
その上履いているスカートは異様に短く、椅子に座った早川さんを正面から見たら、股間が丸見えになっていてもおかしくないはずだ。
僕が体を熱くしてオロオロしていると、そんな僕のことなど眼中にないのか、早川さんは僕と並んで腰を下ろした。当然スカートは引き上げられて、今にも下着が見えそうになっている。
「監督と何を話していたの?」
僕は思いきり目線を外していた。
「あ……いや、特別何も」
「そう」
僕は早川さんに気を使いながら尋ねた。
「あの……早川さんは撮影の時、いつもそんな姿なの」
早川さんは自分の姿を見まわしてから答えた。
「いつもこれじゃないわよ。今日は人妻役だからこうよ」
「ひ、人妻?」
今の早川さんの姿で『人妻』なんて言葉を聞くと、どこか淫靡に聞こえる。ただ僕は思った。僕の知る限り、こんな挑発的な人妻なんていない。これは明らかに演出だ。しかしそれを口にした所で、こっちの世界では当たり前なのだろうから、口に出した所で笑われるだけだろう。
早川さんはテーブルにあった『のど飴』を口にすると包み紙を手の中で丸め、右の頬を飴で膨らませて言った。
「どう? 撮影の現場って」
僕には何とも答えようもないのだが、早川さんの手前、何か答えなければと言葉を探した。
「どうって……その……凄いなって思います」
「凄い? どこが」
「どこと言われても……普通じゃない世界に思えて」
「そうか。やっぱりそう思うんだ。まぁ、当たり前と言えば当たり前かもね」
早川さんは丸めていた包み紙をゴミ箱に投げた。それは縁に当って中に落ちた。
「桐野君はどう思っているか知らないけど、この世界は結構まともな世界なのよ」
「まとも?」
「そう。AVなんてヤクザが資金稼ぎでやっているなんて思っている人は多いけど、今時そんなの有り得ないわ」
「どうしてですか?」
「そりゃ昔はね、騙されて引きずり込まれたとか、借金のカタにこの世界に売られたとか、まるでドラマのような世界はあったって聞いているわ。でも今は違う。もし制作会社が裏の世界と繋がっていたなんて分かると、一発で検挙されるわ。警察の目は厳しいのよ。それに女の子が嫌がる画像を撮ったりしても一発でアウト。無断でネットに流そうものならとんでもない賠償金を請求されるわ。だからもしかすると桐野君たちの業界よりも厳格にルールを守っているかもしれないわね」
「そうなんだ」
僕は感心して早川さんの言葉を聞いていた。隠れてこそこそと観る様な動画は、実はとんでもなく厳しい規制の中で造られているなど、誰も知らないと思う。僕はAV女優という言葉に勝手な偏見を抱いていたのかもしれない。そしてその偏見は世間の多くの人間も持っているのだと思った。
「そう落ち込むなよ。多分あんたは昔の馴染がどうして……なんて思ってんだろうけど、今じゃこの世界も結構さばけて来ているんだぞ」
「それは、どういう意味ですか」
「あんた、この世界に自分から飛び込んで来る若い子が、一年にどれだけいると思う?」
突然そんな風に訊かれても即答出来るものではない。そんなことなど今まで一度も考えたことがないのだから当然である。しかし、考えてみれば実際に早川さんもこの世界に来ているくらいだから、それなりの数はいると思えた。
僕は当てずっぽうだが答えてみた。
「よく分かりませんけど、五百人くらいですか?」
僕は多めに答えたつもりだったのだが、監督は笑って言ってくれた。
「そんなもんじゃねぇよ。聞いた所によると、一年にざっと三千人だとよ」
「さ、三千人!」
開いた口が塞がらないとはこのことだと思った。そんなに多くの女子が、この世界に入って来ているなど、誰が想像出来るだろう。驚き以外の何物でもなかった。
「凄い数ですね」
「そうさ。まぁ、一昔前なら、食うに困るかヤバイ奴らに騙されて無理やりってのもあるにはあったけど、今じゃ軽いノリで来ているみたいで、こっちが参るくらいだ。もちろん、大半は一本だけ撮ってそれでおしまい。小遣い稼ぎ感覚って所なんだろうな」
「小遣い稼ぎ……ですか」
「そうさ。だから、あんたの世界じゃ暗いイメージがあるのかもしれないけど、こっちはそんな感じは全然ねぇな。皆それほど気にはしていないみたいだぞ」
「じゃあ、飛鳥さんもそんな感じだったのですか?」
「飛鳥? 飛鳥は……」
監督が僕の一番知りたい所を口にしそうになった時、あの年配の女性が焦った表情で駆け込んできた。
「監督、ちょっとまずいことになりましたよ」
「なんだよ。時間も押しているってのに」
監督とその女性は二人して部屋を出て行った。入れ替わりに早川さんが部屋に入って来た。
早川さんはここに来た時のカジュアルな服装ではなく、僕にとっては目のやり場に困る大胆な姿だった。
上半身は薄い水色で長袖のTシャツなのだが、体にピッタリと張り付いており、否応も無くボディラインがくっきりと見えている。しかも胸元がわざとそんなデザインになっているのか大きくえぐれており、胸の谷間どころか乳首が見えそうである。
その上履いているスカートは異様に短く、椅子に座った早川さんを正面から見たら、股間が丸見えになっていてもおかしくないはずだ。
僕が体を熱くしてオロオロしていると、そんな僕のことなど眼中にないのか、早川さんは僕と並んで腰を下ろした。当然スカートは引き上げられて、今にも下着が見えそうになっている。
「監督と何を話していたの?」
僕は思いきり目線を外していた。
「あ……いや、特別何も」
「そう」
僕は早川さんに気を使いながら尋ねた。
「あの……早川さんは撮影の時、いつもそんな姿なの」
早川さんは自分の姿を見まわしてから答えた。
「いつもこれじゃないわよ。今日は人妻役だからこうよ」
「ひ、人妻?」
今の早川さんの姿で『人妻』なんて言葉を聞くと、どこか淫靡に聞こえる。ただ僕は思った。僕の知る限り、こんな挑発的な人妻なんていない。これは明らかに演出だ。しかしそれを口にした所で、こっちの世界では当たり前なのだろうから、口に出した所で笑われるだけだろう。
早川さんはテーブルにあった『のど飴』を口にすると包み紙を手の中で丸め、右の頬を飴で膨らませて言った。
「どう? 撮影の現場って」
僕には何とも答えようもないのだが、早川さんの手前、何か答えなければと言葉を探した。
「どうって……その……凄いなって思います」
「凄い? どこが」
「どこと言われても……普通じゃない世界に思えて」
「そうか。やっぱりそう思うんだ。まぁ、当たり前と言えば当たり前かもね」
早川さんは丸めていた包み紙をゴミ箱に投げた。それは縁に当って中に落ちた。
「桐野君はどう思っているか知らないけど、この世界は結構まともな世界なのよ」
「まとも?」
「そう。AVなんてヤクザが資金稼ぎでやっているなんて思っている人は多いけど、今時そんなの有り得ないわ」
「どうしてですか?」
「そりゃ昔はね、騙されて引きずり込まれたとか、借金のカタにこの世界に売られたとか、まるでドラマのような世界はあったって聞いているわ。でも今は違う。もし制作会社が裏の世界と繋がっていたなんて分かると、一発で検挙されるわ。警察の目は厳しいのよ。それに女の子が嫌がる画像を撮ったりしても一発でアウト。無断でネットに流そうものならとんでもない賠償金を請求されるわ。だからもしかすると桐野君たちの業界よりも厳格にルールを守っているかもしれないわね」
「そうなんだ」
僕は感心して早川さんの言葉を聞いていた。隠れてこそこそと観る様な動画は、実はとんでもなく厳しい規制の中で造られているなど、誰も知らないと思う。僕はAV女優という言葉に勝手な偏見を抱いていたのかもしれない。そしてその偏見は世間の多くの人間も持っているのだと思った。